イラストで見るEBPTの実践
第5回 「論文を活用して患者の予後を探ってみよう!」

弘前大学大学院 保健学研究科
対馬栄輝

イラスト執筆:
大阪電気通信大学 総合情報学部
デジタルアート・アニメーション学科
しもはたふゆ

4. 経験は客観的エビデンスに生まれ変わるか?

経験は客観的エビデンスに生まれ変わるか?
新人PT:
感度も特異度も高い検査法でなければ使えないと思ったのですが、一概にそうとは言えないということですね。ところで、これらの指標をどうやってEBPTへ、活用するのでしょうか?
先輩PT:
予後予測や機能診断といった臨床推論を客観的にする、ベイズの定理というものがあります。
ベイズの定理とは、確率論における重要定理のひとつです。たとえば、ある条件Aの下で、ある確率でBという結果が生じたとします。ベイズの定理を用いると、逆にBが生じた確率から条件Aを生じる確率を求めることができます。
この特徴から、ベイズの定理は、得られた結果からその原因が特定のものである確率を求める目的に利用されます。
計算方法はそれほど難しくはないのですが、計算の理屈は知らなくても支障ありません。
公式の、
・事前オッズ×陽性または陰性尤度比=事後オッズ …(1)式
を知っておくだけで良いです。
なお、オッズと確率pは、以下の2式の関係になります。
・オッズ=p/(1-p) …(2)式
つまり、オッズとは、ある現象が生じる確率をそれが生じない確率で割ったものです。
・p=オッズ/(1+オッズ) …(3)式
新人PT:
直ぐには難しくて理解できない内容ですが、理屈は知らなくても良いのですね。
先輩PT:
そうです。公式の理屈は全く知らなくても良いですので安心してください。それよりも大切な『これを臨床推論で、どのように使うか』の説明をします。
私たちが臨床で評価を行う前に、まず患者さんの様子を見て「この人は歩けそうだな」とか「歩けないな」などのイメージを持ちます。その『イメージ』は、経験的な何らかのデータに従っているはずです。そうしたイメージを事前確率(ある条件が生じる確率)として表します。事前確率は、明確に規定する基準はなくても良く、「こんな感じの症例は、経験的に8割ぐらいは歩けるかな…」という何となくの雰囲気で決めても良いです。できるならば、過去に担当してきた同じ疾患の患者さんの蓄積データから予想する方が望ましいです。
1つの例を挙げましょう。大腿骨近位部骨折の患者さんを担当して、歩行の可否を推測するときに、経験的に年齢が影響するのではないか?と思っていたとします。そこで過去に当院へ入院した大腿骨近位部骨折の患者100人分の年齢データを調べたとします。
そのデータを単純集計した結果、69歳以下では90%、70~79歳では87%、80~89歳では66%、90歳以上で30%の者が歩行自立していた、とします。これが「事前確率」(この場合は歩けるようになるという条件が生じる確率)になります。では、ベイズの定理によって求める「事後確率」とは何かというと、その「事前確率」の条件のもとで生じたある結果の確率から、その結果が生じたことを前提としたときに元の条件が生じる確率のことです。
いま、85歳の患者さんを担当したとします。歩けるという事前確率は66%です。まず、この事前確率を(2)式で事前オッズ=0.66/(1-0.66)≒1.94に換算します。
次に、この患者さんのHDS-Rは8点だったとします。85歳の大腿骨近位部骨折の患者さんには、いろいろな状態の患者さんがいます。その中にHDS-Rが8点となった患者さんもたまたま結果として含まれていたことになります。歩行可能者は歩行不可能者に比べて、HDS-Rが7点以上である可能性が33.9倍であることから、 HDS-Rが8点の患者は歩行可能者である可能性が高い方に含まれると思われます。
HDS-Rが8点のときは、先ほど述べた表から求めた尤度比を(1)式に代入して、事後オッズ=1.94×3.47(7点以上なら陽性尤度比、6点以下なら陰性尤度比)≒6.73となります。求めた6.73の事後オッズを(3)式によって事後確率p=6.73/(1+6.73)≒0.87へ換算します。
つまり、この患者さんの歩行できる確率は87%と見積もられます。 85歳の大腿骨近位部骨折の患者という条件の中では過去データを単純集計したときに歩行可能となる確率が66%でしたが、そこに含まれる患者さんの中でも、HDS-Rが8点のときは6点以下の患者さんに比べて歩行可能である確率が高いということが言えそうです。そして、ベイズの定理を用いて計算すると、その確率は87%でした。
これまで述べた計算も、Web配布されているExcelファイルで簡単にできます。
新人PT:
事前確率の決め方と、HDS-Rを妥当な結果として使って良いかという疑問もありますが、何となく予測していた判断が、客観的になるだけでもスッキリします。「こんな感じの症例は、経験的に8割ぐらいは歩けるかな…」という経験的なカンがほぼ適切な判断だったことが言えたと思います。
先輩PT:
そうですね。事前確率は理論的な検査よりも、むしろ経験的な直感を使ったら良いと思います。例えば、観察による意欲の程度とか、こちらの指示を理解できるかとか、むしろ直感的に判断できるような臨床症状を、いくつか組み合わせて確率を暫定的に決めたら良いです。そして、そのデータを蓄積して徐々に修正していけば良いと思いますし、場合によっては研究発表も出来るでしょう。
今回はHDS-Rを例に挙げましたが、可能であればエビデンスレベルの高い文献からの有効な影響要因を見つけるのが望ましいです。何れにせよ、参考にする論文には分割表の数値そのものが提示されていなければなりません。分割表がないと、計算は困難です。理学療法の論文に書かれている情報としては、まだそれほど多くはないのも問題です。
エビデンスに従って客観的な臨床推論を行うことは、EBPTもさることながら、専門家としての宿命ではないでしょうか。こうした考えは当然備えるべき基本知識だと思います。しかしながら今度は、計算された事後確率に従って方針を決めることこそがEBPTだ、という誤解のないようにしなければなりません。何度もいいますが、EBPTの実践手順は、きちんと押さえておいて下さい。
新人PT:
ありがとうございました。少し、臨床の推論を考え直す機会になりました。専門家として、そうした考えに基づいていかなければならない、と肝に銘じておきます。

第5回 「論文を活用して患者の予後を探ってみよう!」 目次

2017年12月19日掲載

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