EBPTワークシート
第5回 「乳がん術後の肩関節可動域制限に対するアプローチ」

信州大学医学部附属病院 リハビリテーション部
川崎桂子

基本情報

患者氏名
 
年齢
(当院の規定により掲載不可)
診断名
右乳がん
手術名
右乳房切除術 + 腋窩リンパ節郭清
障害名
右肩関節運動障害
現病歴
(当院の規定により掲載不可)

理学療法評価概略(術後3ヵ月目に評価施行)

肩関節可動域(°)
屈曲130/155 外転90/115 外旋(1st position)20/20
外旋(2nd position)60/75 内旋20/30 水平伸展-10/10
術創部の状態
右前胸部・腋窩部の皮下組織は瘢痕・癒着傾向であり、肩挙上にて創部から上部前胸部および腋窩部のヒキツレ著明であった(VAS6/10)。
肩甲骨位置
右肩甲骨は左よりやや前傾、外転位であった。
肩甲骨下角の位置(Th9/Th9)、下角と脊椎の距離(9.5cm/8.0cm)。
肩関節筋力(MMT)
肩屈曲4/5 外転4+/5 外旋4/5 内旋4+/5
握力(Kg)
23.5/22.5

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient(患者)
乳がんに対して手術を施行され、肩関節可動域制限を認めた患者
Intervention(介入)
肩甲骨の位置、肩甲胸郭関節の動きに着目した運動を実施することは
Comparison(比較)
肩甲上腕関節運動のみと比較して
アウトカム
肩関節可動域制限の改善が得られるか?

ステップ2. 検索文献

検索式
PubMedにてキーワード「Breast canser・Physical therapy・Shoulder」 Limits:「randomized controlled trial・published in the last 10 years」で検索した結果、24件ヒット。その中から、本症例のPICOと合致した文献(下記参照)を採用した。
論文タイトル
Effects of a scapula-oriented shoulder exercise programme on upper limb dysfunction in breast cancer survivors: a randomized controlled pilot trial
著者
Seung Ah Lee
雑誌名
Clin Rehabiltation. 2010 Jul;24(7):600-13. Epub 2010 Jun 8.
目的
乳がん術後生存している患者に対して、肩甲骨位置に注目した運動プログラムが上肢機能不全に及ぼす影響を調査した。
研究デザイン
RCT
対象患者
乳がん術後生存している患者50名を対象とし、運動群32名と非運動群(対照群)18名にランダムに振り分けた。ただし、両側罹患、術後再発、他のがん疾患既往、高血圧、心臓疾患の合併およびリンパ浮腫治療を受けている対象は除外した。
介入
運動群(32名)を、肩甲骨位置に注目した運動プログラム施行群(肩甲骨群)16名と一般的な身体運動プログラム施行群(一般群)16名の2群にランダムに振り分けた。運動プログラムは1週間に1回施行し、8週間継続した。
主要評価項目
疼痛(VAS)、 QOL(EORTC QLQ-C30)、DASH、肩関節可動域(屈曲、外転、外旋、内旋、水平外転の5方向)、肩筋力(外転・内転、外旋・内旋の4方向)について、プログラム開始前、終了後4週時点において評価した。
結果
運動プログラム遂行が可能であった最終的な対象は、肩甲骨群11名、一般群10名となった。運動開始前では3群間(肩甲骨群、一般群、対照群)における評価結果に統計学的な有意差は認めなかった。プログラム介入前後の群間比較では、肩関節外旋筋力において肩甲骨群で有意な改善を示した。プログラム介入前後の群内比較では、肩甲骨群は疼痛、QOL(身体的機能、社会的機能、全体的QOL)において有意に改善を認めていた。一般群はQOL(疲労)、肩関節可動域(外転、内旋、水平外転)において有意な改善を認めた。
結論
乳がん術後患者に対して, 肩甲骨位置に注目した運動プログラムの実施は、痛みやQOLおよび肩関節外旋筋力の改善に効果的であった。しかし,機能的構成要素(肩関節可動域や筋力)を統計学的に有意に改善させるまでには至らなかった。要因として運動プログラムの頻度や運動強度が不十分であったかもしれない。

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

ステップ4. 臨床適用の可能性

  • 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
  • 倫理的問題はない
  • 自分の臨床能力として実施可能である
  • 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
  • カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
  • エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
  • その他
具体的な介入方針
乳がんに対して手術を施行され、肩関節可動域制限の回復に難渋した患者に対して、外来理学療法実施の際に、肩甲骨位置に着目した運動プログラムを実施する。頻度は1週間に1回、理学療法士の監視下にて施行し、8週間継続した。肩関節可動域(屈曲、外転、外旋、内旋、水平伸展の5方向)、触診所見について、開始時、開始後8週終了時に評価した。
運動プログラム内容は、肩甲骨周囲筋のストレッチ、輪ゴムを用いた肩甲骨周囲筋筋力運動およびボールを用いた肩甲胸郭関節の運動を行った。なお、肩関節周囲筋のストレッチや肩関節自動運動は、指導した自主トレーニング内容にて実施してもらった。
注意事項
肩甲骨運動プログラム実施の際には、術創部に疼痛が生じないよう理学療法士監視下にて内容を確認しながら施行した。

ステップ5. 適用結果の分析

介入頻度は、予定していた計画通りにプログラムを実施できた。各時期における肩関節可動域(屈曲、外転、外旋、内旋、水平外転の5方向)、触診所見の結果を下表に示す。
結果、肩関節可動域の改善、触診による肩甲骨位置の若干の改善が得られた。このことより、肩甲骨位置に注目した運動プログラムは、肩甲骨位置の修正により肩甲骨周囲筋の活動性が向上し、前胸部が伸張され瘢痕・癒着の若干の改善が得られ、肩周囲筋の短縮軽減につながり、結果的に肩関節可動域を拡大させたのではないかと考えられた。
肩関節可動域 開始時 終了時
屈曲 130 140
外転 90 115
90°外転位外旋 60 75
90°外転位内旋 20 30
水平外転 -10 0
結髪動作 可能(不十分) 十分可能
結帯動作 十分可能 十分可能
触診所見 開始時 終了時
肩挙上時のヒキツレ感 創部から前胸部、腋窩部(VAS6/10) 創部はヒキツレ認めるが、腋窩部のみ自覚症状あり(VAS2/10)
肩甲骨位置 右が左よりやや前傾、外転位 右が左よりやや前傾位残存
肩甲骨下角の位置 Th9/Th9 Th9/Th9
肩甲骨下角と脊椎の距離 9.5cm/8.0cm 8.5cm/8.0cm
ステップ2でPICOに適合した文献を見つけることができ、ステップ3では、大きな問題なく批判的吟味を施行することができた。そのため、ステップ4では検索文献で示された介入方法にほぼ則して実施できたが、ステップ5で具体的介入の成果においては一部の確認のみにとどまった。また、ステップ2・3では、要旨の翻訳のみでは判断がつかず、原文を翻訳しながらの作業であり、非常に時間を費やした。

第5回「乳がん術後の肩関節可動域制限に対するアプローチ」 目次

2012年07月17日掲載

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