EBPTワークシート
第12回「介護予防事業における下肢筋力の向上」

訪問リハビリステーションあすみ
関 裕也

基本情報

年齢 70歳代から80歳代
性別 男性1名、女性4名
診断名 なし(地域在住の介護予防事業の対象者)
現病歴 高血圧や糖尿病等の内部障害および変形性関節症等の運動器障害
いずれも重篤な疾病はない
既往歴 心疾患や脳血管障害等の既往はない


理学療法評価概略

全例ADL、APDLともに自立している。
全例Short physical performance battery(SPPB)が12点満点中9点以下(平均 7.4点)
下肢筋力(5回の立ち上がり所要時間):平均18.9秒
通常歩行速度:平均0.82m/s

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient (患者) 下肢筋力と歩行速度に低下を認める地域在住の高齢者に対して
Intervention (介入) 低負荷の筋力トレーニングを行うことは
Comparison (比較) 高負荷の筋力トレーニングを行う場合と比較し
Outcome (効果) 下肢筋力の改善効果に差がないか

ステップ2. 検索文献

(☑ 一次情報 ・ □ 二次情報
検索式 PubMedにてキーワード「older people,resistance training,muscle strength,mobility」Filter;Randomized controlled trail,Free full text,5yearsで検索した結果、12件ヒット。その中から、本ケースのPICOと合致した文献(下記参照)を採用した。
論文タイトル Comparative effects of Light or heavy resistance power training for improving lower extremity power and physical performance in mobility-limited older adults
著者 Kieran F.Reid,Roger A.Fielding et.al
雑誌名 J Gerontol A Biol Sci Med Sci.2015;70(3):372-378
目的 移動に制限を有する高齢者を対象として、低負荷(1RMの40%)と高負荷(1RMの70%)の筋力トレーニングの介入による下肢筋力と移動の改善に対する効果を比較すること。
研究デザイン ランダム化比較試験(RCT)
対象 地域在住で、70〜85歳の高齢者(平均78歳)52名。他に定期的な持久運動や筋力トレーニングを行っておらず、かつSPPBが9点以下(平均8.1点)の者を対象とした。
介入 低負荷(1RMの40%)群と高負荷(1RMの70%)群とにランダムに割り付け、両群とも16週間の漸増的抵抗トレーニングを実施した。両群とも坐位でのレッグプレスとニーエクステンションを随意的な最大速度で10回を3セット、週2回実施した。随意的な最大速度とは、求心性収縮をできるだけ速く行い、最終域で1秒保持し、遠心性収縮は2秒以上の時間をかけるというものである。
主要評価項目 筋力、筋仕事率、筋収縮速度、SPPB
結果 16週間後、低負荷群も高負荷群も下肢伸筋の最大仕事率と筋力とSPPBにおいて、有意に同程度の改善が認められた。しかし、群間での効果の差は認められなかった。
結論 低負荷で、かつ随意的に最大の速度で行う抵抗トレーニングは、筋仕事率と身体的パフォーマンスにおいて、高負荷で行った場合と同程度の改善が得られた。これらの知見は、移動に制限のある高齢者に対する運動介入を最適化する上で重要な意味がある。

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

☑ 研究デザインは適切である ( ☑ ランダム化比較試験である)
☑ 比較した群間のベースラインは同様である
☑ 盲検化〔→盲検法(ブラインディング)〕されている ( ☑ 一重盲検 ・ □ 二重盲検)
□ 患者数は十分に多い〔→サンプルサイズ
☑ 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
□ 脱落者を割り付け時のグループに含めて解析している〔→治療企図解析(ITT解析)
☑ 統計的仮説検定は妥当である
☑ 結果と考察との論理的整合性が認められる
 

ステップ4. 臨床適用の可能性

☑ エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
☑ 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
☑ 倫理的問題はない
☑ 自分の臨床能力として実施可能である
□ 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
☑ カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
☑ エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
☑ その他
介護予防事業に該当する高齢者の下肢筋力を向上させるためには、高負荷の強度を行うのが妥当と考えていた。しかし、検索文献から低負荷でも同様の効果が期待できる知見を得た。そこで、低負荷〜高負荷で実施できる体操(重錘は用いず、下肢の自重やラバー素材で伸縮性のあるエクササイズバンドを使用)を中心に週1回1時間程度で3ヶ月(12週間)行ってみることとした(頻度については自治体からの設定のため、検索文献とは異なる)。
具体的な介入方針 1RMの厳密な測定は難しいが、反復回数から40〜70%1RMに収まる負荷量で、坐位や立位で行える体操を週1回12週間実施する。
注意事項 体操中の痛みや自覚症状に注意し、過負荷に注意する。

ステップ5. 適用結果の分析

 いずれの参加者も意欲的に参加して来られ、全12回の事業にほぼ毎回参加された。計画していた体操も中断することなく継続でき、転倒する事故もなかった。SPPBを実施前後で計測したが、全例で改善が認められ5名中4名が10点以上となった(下表)。特にSPPBの中の下肢筋力(5回の立ち上がり所要時間)と歩行速度を抜き出すと、全例で改善が認められた。このことより、週1日12週の頻度でも効果が得られることが分かった。
参加者 SPPB(点)
実施前
(実施後)
下肢筋力(秒)
実施前
(実施後)
歩行速度(m/s)
実施前
(実施後)
A
80歳代 女性
5
(7)
28.6
(22.9)
0.67
(0.90)
B
80歳代 女性
8
(12)
9.9
(5.9)
0.61
(0.96)
C
80歳代 女性
7
(11)
18.8
(11.9)
0.92
(1.12)
D
70歳代 女性
9
(12)
15.4
(10.0)
0.91
(1.05)
E
70歳代 男性
8
(11)
21.6
(11.4)
0.97
(1.05)

 ここで、SPPBの十分な改善が認められなかった参加者Aについて分析する。参加者Aは、開始時点のSPPBが最も低かったものの12週間の介入によりSPPB、下肢筋力、歩行速度に改善が認められた。検索文献の介入期間は16週間であることから、さらに長い期間をかければさらなる改善が期待できると考える。その他にも、他の参加者に比べて自主トレーニングの実施状況が悪かったり、自己効力感が低いということも原因として考えられる。
 

第12回「介護予防事業における下肢筋力の向上」目次

2016年06月15日掲載

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