年齢 | 70歳代 |
性別 | 女性 |
診断名 | 右変形性膝関節症 |
手術名 | 人工膝関節全置換術(以下TKA: Total Knee Arthroplasty) |
現病歴 | 10年前より右膝痛が出現。近医にて保存療法を行っていたが、 右膝痛は改善せず当院受診。末期変形性膝関節症の診断により、 右膝のTKAを施行することになった。 |
既往歴 | 高血圧 |
Hope | 早期に退院すること。 将来的に膝痛なく歩いて旅行、買い物に行きたい。 |
X線評価 | Kellgren-Lawrence分類 グレードⅣ 大腿脛骨角 右膝185° 左膝175° |
術前評価 | |
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視診・触診 | 軽度の右膝関節腫脹あり。右膝内反変形。 右外側広筋・ハムストリングスtightnessあり |
疼痛(NRS) | [安静時]右膝3/10、左膝0/10 [動作時] 右膝6/10、左膝0/10 *疼痛は関節が軋むような鋭い痛み |
関節可動域 | [膝屈曲]右105°、左140° [膝伸展]右-10°、左-5° |
膝伸展筋力(MMT) | [右] 3(膝関節可動域制限のため完全伸展不可) [左]4 |
等尺性膝伸展トルク | [右膝]0.71Nm/kg [左膝]1.20Nm/kg |
日本語版準WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index) | 疼痛項目50点(特に歩行時と階段昇降時に強い疼痛の訴えあり) 身体機能項目62点(特に歩行、階段昇降、買い物に困難さの訴えあり) |
日常生活動作能力(以下ADL能力: Activity of Daily Living) | 杖歩行自立、階段昇降2足1段自立(手すり使用) |
歩行評価 | [Timed Up & Go test]10.4秒 [歩容]右下肢の立脚中期で、右膝lateral thrustあり。 |
術後評価 (術後3日目) |
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視診・触診 | 術後の右膝関節腫脹あり。創部あり。大腿から下腿部までの浮腫あり。 大腿直筋とハムストリングスが防御性収縮により過緊張を起こす。 疼痛が増強することにより、さらに防御性収縮が強くなる。 |
疼痛(NRS) | [安静時]右膝5/10、左膝0/10 [動作時]右膝8/10、左膝0/10 *切り傷の痛みと鈍い痛み |
関節可動域 | [膝屈曲]右90°、左140° [伸展]右-20°、-5° |
膝伸展筋力(MMT) | [右] 2 収縮時痛あり [左]4 等尺性膝伸展トルク:測定不可 |
日常生活動作能力 | 歩行器歩行見守りレベル |
歩行評価 | [Timed Up & Go test]測定不可 [歩容]右下肢の立脚中期に右膝屈曲位で荷重支持を行う。 荷重時に膝痛あり。 また、大腿四頭筋の収縮が弱く、体幹・股関節を屈曲させた代償動作を用いて歩行を行っている。さらに、右下肢の遊脚相での膝屈曲運動(Knee action)が見られず、Stiff kneeとなる。 |
理学療法士の考察 |
本患者は術後早期の膝痛や腫脹により関節原生筋抑制を起こし、それが起因になることでADL能力(特に歩行能力)低下を引き起こしている。さらに、本患者は早期退院を目標としていることもあり、早い段階で問題点を少しでも解決したい。過去の報告では、TKA術後の理学療法に関するシステマティックレビューで神経筋電気刺激(以下NMES:Neuromuscular Electrical Stimulation)が推奨されていたため、TKA後のNMESに関して介入方法を調べるために、問題点の定式化を行なった。 |
Patient (患者) | TKA術後の患者に対し |
Intervention (介入) | 大腿四頭筋に対するNMESを併用した理学療法介入は |
Comparison (比較) | 併用していない理学療法介入と比較して |
Outcome (効果) | 疼痛、等尺性膝伸展トルク、ADL能力の改善が得られる |
検索式 | 検索データベース:PubMed 検索用語:「Total knee arthroplasty」、 「Neuromuscular Electrical Stimulation」、 「quadriceps femoris muscle」、 3つの用語を用いてAND検索を実施。 論文選択基準:[対象者]TKA術後の患者であること [研究デザイン]ランダム化比較試験 [介入]術後早期に介入が実施されていること [測定]疼痛、大腿四頭筋筋力、ADL能力がアウトカムであること [測定時期]術前と術後早期に評価が実施されていること 上記の用語を用いて検索した結果、30件の論文が該当した。 タイトルとアブストラクトを確認後、本文を読み、本患者の介入に 参考となる論文を選択した。 |
論文タイトル | Early neuromuscular electrical stimulation to improve quadriceps muscle strength after total knee arthroplasty: a randomized controlled trial. |
著者 | Stevens-Lapsley JE, Balter JE, Wolfe P, et al. |
雑誌名 | Physical Therapy. 2012 ;92(2): 210-26. |
目的 | TKA術後早期の患者におけるNMESの効果を検討すること |
研究デザイン | ランダム化比較試験 |
対象 | 研究期間:2006年6月〜2010年6月 包含基準:50〜85歳の初回片側TKAを施行した患者 除外基準: 管理が不良な高血圧または糖尿病を有する患者 BMIが35kg/m2以上の患者 神経学的障害を有する患者 反対側の膝関節に強い疼痛(NRS 4/10以上)を有する患者 下肢の整形外科疾患を有する患者 群の割付:層別化ランダム割付(性別と年齢で層別化) 対象者:526名の患者から基準を満たした66名 介入群35名、対照群31名にランダム割付された |
介入 | 共通リハビリテーションプロトコル ・早期リハビリテーション 1, 術後1日目から歩行練習を開始. 2, 術後3日目まで標準化された入院リハビリテーションを計6回実施. ・自宅での訪問理学療法 1, 退院後、術後2週まで自宅での訪問理学療法を計6回実施. 2, 理学療法内容:関節可動域エクササイズ(Ex)、筋力増強Ex、 ファンクショナルEx、物理療法(アイシング、圧迫)、 軟部組織モビライゼーション ・外来理学療法 1, 訪問理学療法終了後、外来理学療法を計10〜12回実施.(期間:6週間) 2, 理学療法内容:訪問理学療法の内容を継続. 回復に応じてEx内容のレベルアップと負荷の増加を実施. ・自主トレーニング 1, 退院後30日間のホームExを実施. 2, 理学療法士が訪問および外来理学療法時にExの指導を実施. 介入群 ・大腿四頭筋に対するNMESを術後48時間後から実施. ・1回の介入でNMESによる筋収縮を15回に設定した. ・介入回数は1日2回、介入期間は6週間とした. [介入内容詳細] 1, ポータブルの電気刺激装置を使用. 2, 治療時の姿勢は、股関節屈曲85°、膝関節屈曲60°にした 椅子座位となり、治療側下肢の下腿遠位をベルクロで固定した. 3, 大腿前面の遠位内側と近位外側に電極を貼付. 4, パラメータ:対称性二相波形、周波数50pps、15秒on/45秒offサイクル、 ランプアップタイム3秒、パルス持続時間250μsec 5, 介入中は患者にリラックスさせ、痛みに耐えられる限界の強さまで、 電流強度を上げるように指示した. 対照群 ・共通リハビリテーションプロトコルのみ実施. |
主要評価項目 | ・測定項目 1, 等尺性膝伸展トルク 2, 等尺性膝屈曲トルク 3, Timed Up & Go Test(TUG) 4, 階段昇降テスト(Stair-Climbing Test: SCT) 5, 6分間歩行テスト(Six-Minute Walk Test: 6MWT) 6, 自動膝関節可動域(屈曲・伸展) 7, 疼痛検査 (Numeric pain Rating Scale: NRS) 8, 36-Item Short-Form Health Survey questionnaire (SF-36) 9, The Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index (WOMAC) 10, 主観的な膝関節機能(0〜100点のGlobal rating scale: GRS) ・測定時期 術前(1〜2週前)、術後3.5、6.5、13、26、52週目 |
結果 | ・最終的に追跡可能であった対象者は55名であった (介入群30名、対照群25名). ・等尺性膝伸展トルクは3.5、6.5、13、52週目で、介入群の方が有意に高値を示した. ・術後早期となる3.5週目の結果として、等尺性膝伸展トルク、等尺性膝屈曲筋トルク、自動膝伸展可動域、TUG、SCT、6MWT、GRSに関して、介入群の方が有意な改善を示した. |
結論 | ・術後早期からのNMESは、手術により低下した下肢筋力や身体機能を効果的に改善させた. ・特に、術後1ヶ月までの改善に対して、最も有効であった. |
具体的な介入方針 |
当院のリハビリテーションプロトコルに従い、術後翌日より早期離床を開始。身体状態が安定し、リハビリテーション室へ移動が可能となった時点でNMESを実施した。NMESを実施する上で、採用論文の除外基準と電気治療の禁忌事項から、条件が満たしていることを確認した。加えて、医師に上申し、NMES実施の指示と、患者の同意を得たのちに介入を開始した。 患者は、術後3日目にサークル歩行器使用しての歩行移動を獲得した。身体状態も安定したため、リハビリテーション室にてNMESを開始した。NMESは1日2回(午前、午後ともに1回)、週6日実施した.電気治療器の設定は、採用論文を参考に調整した。電流強度は、電気の痛みに耐えられる最大限の強さまで上げた。以降、特に異常はなくNMESを継続して実施し、術後21日目に退院した。また、創部の疼痛が改善してきた段階で、大腿四頭筋の筋力増強トレーニングと電気治療に合わせて実施し、大腿四頭筋の筋収縮を促通した。 |
注意事項 | 電気治療の禁忌事項を確認すること。 術後早期は創部の保護でドレッシング材が利用されているため、それを避けて電極を貼付する。 開始前後、電極を貼付した部位の皮膚に異常がないことを確認する。 |
視診・触診 | 右膝関節腫脹は改善したが、軽度残存している。 大腿直筋とハムストリングスの防御性収縮は改善した。 |
疼痛(NRS) | [安静時]右膝0/10、左膝0/10 [動作時]右膝2/10、左膝0/10 *動作開始時に右膝の鈍痛とこわばり感が残存 |
関節可動域 | [膝屈曲]右120°、左140° [伸展]右-5°、-5° |
膝伸展筋力(MMT) | [右] 4 [左]4 |
等尺性膝伸展トルク | [右膝]0.75Nm/kg [左膝]1.25Nm/kg |
ADL能力 | 杖歩行自立、階段昇降2足1段自立 |
歩行評価 | [Timed Up & Go test] 11.6秒 [歩容]右下肢立脚相時の荷重痛は改善した。 術後3日目と比較して体幹・股関節を屈曲させた代償動作は改善したが、完全には改善できず代償動作がやや残存した。また、Stiff kneeに関しても同様な結果となった。 |
2019年02月19日掲載