EBPTワークシート
第22回「橈骨遠位端骨折患者に対するCross-educationによるアプローチ効果」

                                                                            苑田会苑田第二病院 白谷 智子

基本情報

年齢 70歳代
性別 女性
診断名 右橈骨遠位端骨折
現病歴 2018年に転倒し受傷.保存的治療となり受傷後は4週間ギプス固定し,受傷後5週目より当院での外来理学療法開始となった.
 
既往歴 特になし

理学療法評価概略(受傷後5週目)

主訴 右手関節痛
Hope 元通り家事ができるようになりたい
炎症症状        腫脹(++),発赤(+),熱感(++),疼痛(++)      
身体機能 表1

表1. 介入前の身体機能評価結果

評価項目
疼痛(VAS)(運動時の疼痛)(㎝)
関節可動域(°)
(全て自動関節可動域)
掌屈 20(P) 80
背屈 10(P) 70
掌屈/背屈合計 30 150
回外 10(P) 90
回内 15(P) 90
回外/回内合計 25 180
握力(kg) 0 16.0
手関節機能評価(点)
(The Patient Rated Wrist Evaluation(PRWE)
質問票)
・点数が高い程悪い
・PRWE-FはPRWE-SFとPRWE-UFの合計を2で割
った値
・本症例は骨折肢である右手関節で評価した

PRWE-P(痛み):46/50
PRWE-F(機能):47/50
PRWE-SF(特定の動作):55/60
PRWE-UF(通常の動作):39/40
                                    (P):Pain

ステップ1. PICO の定式化

Patient (患者): 疼痛の訴えの強い橈骨遠位端骨折患者に対して
Intervention (介入):通常の理学療法とCross-educationによる併用介入は
Comparison (比較):通常の理学療法のみと比較して
Outcome (効果):疼痛の軽減,関節可動域および握力の改善が得られるか

ステップ2. 検索文献 (☑ 一次情報 ・ □ 二次情報)

検索式 PubMedを用いて,キーワード「Cross-education,fracture」,Article typesをClinical Trialとして検索して結果,2件がヒットした.その中から本症例のPICOと適合した論文を選択した.
論文タイトル Cross-Education for Improving Strength and Mobility After Distal Radius Fractures: A Randomized Controlled Trial
著者 Magnus CR, Arnold CM, Johnston G, et al
雑誌名 Archives of Physical Medicine and Rehabilitation.2013; 94 7
目的 橈骨遠位端骨折患者に対するCross-educationと通常の理学療法介入により,手関節の関節可動域,筋力と機能に及ぼす効果を検証すること.
研究デザイン  ランダム化比較試験
対象 橈骨遠位端骨折と診断された92名の内,下記の基準を満たした51名を対象とした.
選択基準:一側の橈骨遠位端骨折,50歳以上の女性.
除外基準:既往歴に上半身の損傷あるいは日常生活を妨げるような関節の問題がある者,上肢に神経学的問題がある者,初回来院時に骨折後2週経過していた者,手関節と前腕に複数の骨折がある者,認知機能低下のある者.
割り付け:92名中,基準を満たし同意が得られた51名を無作為に介入群27名,対照群24名に割り付けた.介入については事前に内容を指導し,自宅にて1日1回実施した.
介入 介入群は非骨折肢の強化訓練を実施後に標準的リハビリテーションプロトコルを実施し,対照群は標準的リハビリテーションプロトコルのみを実施した.対象者は初回と骨折後6週目と9週目に理学療法士より今後のプロトコルが説明され,訓練は全員自宅にて実施し,実施記録を付けた.対象者は1週・3週・6週・9週・12週・26週目の合計6回のみ通院した.トレーニング期間中は2週に一度、全員に電話連絡を行い状況の確認を行った.
 
非骨折肢の強化:
 ギプス固定中より非骨折肢の強化訓練をフォロー期間中(26週間)実施した.非骨折肢の強化訓練後に標準的リハビリテーションプロトコルを実施した.非骨折肢のトレーニングは標準的なハンドグリップトレーナーを使用した.トレーナーの強度が評価され,個々に適した強度で行った.できるだけ最大筋力で8回繰り返すことを2セットからはじめ,最大5セット行った.

標準的リハビリテーションプロトコル:
先ず,頸部・肩関節・肘関節・指・母指の自動関節可動域訓練から開始し,ギプスが取れたあとは,手関節の関節可動域(回外・回内・伸展・屈曲)改善のために他動関節可動域訓練、自動関節可動域訓練が実施された.骨折後9週目よりリストカール,ソフトボールやスポンジなどを握る強化運動を1日1回実施し,活動レベルは制限されなかった.12週後も継続して強化運動をすることが推奨された.対象者には1日1回,10-12回繰り返し運動を行うよう指導した.
主要評価項目 握力:3秒の収縮後1分の休憩を挟み3回測定された.
関節可動域テスト:手関節屈曲/伸展,前腕回外/回内の角度をゴニオメーターを用い自動関節可動域を計測した.
*握力と自動関節可動域は9,12,26週にのみ測定された.
手関節機能評価(The Patient Tasted Wrist Evaluation (PRWE) 質問票):手関節の痛みと機能レベルを自己申告(0=最もよいスコア,150=最も悪いスコア).
*1週目は骨折前の状態を回答し,骨折後は9,12,26週目に回答した.
結果 介入群は27名,対照群は24名に割り付けられたが,最終的な解析対象者は,介入群は18名,対照群は21名であった.年齢,ギプス固定期間などに群間差はなかった.骨折肢の握力は,両群とも9週目と12週目より26週目において有意に増加した.また12週目における骨折肢の握力は対照群より介入群において有意に高い値であった.両群の関節可動域(掌屈/背屈)は,介入群は9週目より12週で有意に増大し,9週目より12週目と26週目で有意な増大が認められた.対照群は9週目と12週目より26週目において有意な増大が認められた.また12週目の関節可動域は対照群より介入群において有意に高い値であった.前腕の回内/回外は有意差はなかった.また,PRWE質問票においても有意差はなかった.
結論 一側の橈骨遠位端骨折を受傷した50歳以上の女性に対するCross-educationは早い段階(12週)で骨折肢の握力と自動関節可動域の改善に有効である可能性がある.

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

☑ 研究デザインは適切である ( ☑ ランダム化比較試験である)
☑ 比較した群間のベースラインは同様である
☑ 盲検化されている ( ☑  一重盲検 ・□ 二重盲検)
□ 患者数は十分に多い
□ 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
□ 脱落者を割り付け時のグループに含めて解析している
☑ 統計的解析方法は妥当である
☑ 結果と考察との論理的整合性が認められる
 

ステップ4. 臨床適用の可能性

☑ エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
☑ 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
☑ 倫理的問題はない
☑ 自分の臨床能力として実施可能である
☑ 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
☑ カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
☑ エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
□ その他:                                   
具体的な介入方針当院にて通常行っている理学療法に加えて,本論文で紹介されているCross-educationによる強化を受傷後5週目より開始した.介入は16週間,介入頻度は週2回,介入時間は40分とした.また,疼痛(VAS),握力,関節可動域,PRWE質問票(日本語版)を介入前(受傷後5週目),介入後(受傷後12週目,受傷後20週目)に評価した.
注意事項:本症例は疼痛に対しての訴えが強かったため,運動実施による疼痛増悪や過負荷に注意をして実施する.
 

ステップ5. 適用結果の分析

 通院による理学療法は本論文と同様にCross-educationによる介入を実施できた.本論文では自宅でのCross-educationによる強化が毎日実施されていたが,本症例においては,通院2回/週,自宅ででは5回/週実施した.介入中は著明に疼痛が増強することなどはなく介入することができた.評価結果を以下に示した.疼痛,関節可動域,握力,PRWE全てにおいて改善が認められた.しかし,握力については利き手であるにも関わらず左手より弱い状態であった.強い力を出すことにより疼痛が生じるため,家事動作などは部分的に不自由なことはあるが可能なレベルに改善が認められた.介入当初,本症例は疼痛の訴えが強く,傷害関節を積極的に動かすことができず,通常の介入ではプロトコルより遅れることが予測された.しかし,受傷後20週で介入前の主訴が改善されたことより,Cross-educationによる強化と標準的リハビリテーションの併用は有意義であったと考える.

理学療法評価概略(受傷後12週,受傷後20週目)

  受傷後12週 受傷後20週
主訴 右手関節痛 右握力が不十分
Hope 楽に家事ができるようになりたい 家事をもう少し楽にできるようになりたい
炎症症状 腫脹(-),発赤(-),熱感(-),疼痛(-) 腫脹(-),発赤(-),熱感(-),疼痛(-)
身体機能 表2 表2

表2. 介入前の身体機能評価結果

評価項目 受傷後12週 受傷後20週
疼痛(VAS)(運動時の疼痛)(㎝) 5 0 2 0


関節可動域(°)
(全て自動関節可動域)
掌屈 50 80 70 80
背屈 45 70 70 70
掌屈/背屈合計 95 150 140 150
回外 50 90 75 90
回内 50 90 80 90
回外/回内合計 100 180 155 180
握力(kg) 5.2 17.6 14.0(P) 18.4
手関節機能評価(点)
(The Patient Rated Wrist Evaluation(PRWE) 質問票)
・点数が高い程悪い
・PRWE-FはPRWE-SFとPRWE-UFの
合計を2で割った値
・本症例は骨折肢である右手関節で評価した

PRWE-P(痛み):34/50
PRWE-F(機能):35.5/50
PRWE-SF(特定の動作):43/60
PRWE-UF(通常の動作):27/40

PRWE-P(痛み):7/50
PRWE-F(機能):6.5/50
PRWE-SF(特定の動作):8/60
PRWE-UF(通常の動作):5/40

第22回「橈骨遠位端骨折患者に対するCross-educationによるアプローチ効果」  目次

2019年09月25日掲載

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