EBPTワークシート
第24回「膝前十字靭帯再建術後患者に対する筋力強化と神経筋電気刺激の併用」

                                                         東京医科歯科大学スポーツ医歯学診療センター 大見武弘

基本情報

年齢 10代
性別 女性
診断名 前十字靭帯損傷
現病歴 バスケットボールの試合中、カットインとしたときに受傷した。翌日他院で前十字靭帯損傷の診断を受けた。前十字靭帯再建術を希望し、受傷後1ヶ月で当院を受診した。当院初診日から術前理学療法を開始した。受傷後3ヶ月で半腱様筋腱を用いた前十字靭帯再建術を施行された。術後1日目から術後理学療法開始となった。
既往歴 両側足関節捻挫

理学療法評価概略

 本症例は術前に腫脹の軽度残存、膝関節屈曲可動域制限、大腿四頭筋の筋萎縮があった。さらに、片脚スクワット中に膝屈曲20°を越えると膝関節外反、骨盤の遊脚側への傾斜といったマルアライメントが観察された(神経筋コントロールの不良)。両側膝関節過伸展であり、膝関節の緩みがあると判断した。
【術前での理学療法評価】
項目   術側 非術側 LSI(%)
Stroke test   trace Zero
BOP   陰性 陰性
周径(cm) 膝蓋骨直上 35 35 100.0
関節裂隙頭側10cm 40.0 41.0 97.6
関節可動域(°) 膝伸展 3 5
膝屈曲 145 155
HHD(mm) 術側が10mm高位
片脚スクワットでの膝屈曲角度(°) 20 75
Stroke test:膝関節に貯留している関節液の程度を評価する。膝蓋骨内側縁を上方へストロークした後、ただちに大腿遠位部を下方へストロークする。大腿遠位部を下方へストロークしたときの膝蓋骨内側縁の膨らみの程度を観察し、以下の5段階で評価する。Zero:下方への軽擦による関節液の移動を認めない、trace:下方への軽擦により,関節液のわずかな内方移動を認める、1+:下方への軽擦により,膝蓋骨内側に大きな膨隆が観察できる、2+:内側を上方へ軽擦した後に、下方への軽擦を行う前に膝蓋骨内側への関節液の移動を認める、3+:液量が過剰なため,膝蓋骨内側から関節液を移動させることができない。
BOP:ballet of patella(膝蓋跳動テスト):関節液の貯留を評価する。膝蓋上嚢部の貯留した関節液を膝蓋骨の下へ流すようにイメージしながら、膝蓋骨の浮上を確認する。
HHD:heel height difference:軽度の膝伸展制限を評価する。対象を腹臥位とし、下腿部をベッド端から出して、リラックスさせる。検査者は両側踵の高さの差を計測する。高位側に伸展制限があると判断できる。
片脚スクワットでの膝屈曲角度:以下に示す代表的なマルアライメントがない状態での、最大膝屈曲角度をゴニオメーターで計測する。代表的なマルアライメントは、体幹の支持側への傾斜、骨盤の遊脚側への傾斜、膝外反、大腿四頭筋の不随意な痙攣様の動き、支持脚の過度なtoe-out、遊脚側の過度なtoe-out。
LSI:Limb symmetry index(下肢対称性指数):術側(受傷側)と非術側(非受傷側)の対称性を表した指数。

ステップ1. PICO の定式化

Patient (患者) 膝前十字靭帯再建術後患者に対して
Intervention (介入) 神経筋電気刺激と筋力強化練習との併用は
Comparison(比較) 通常の理学療法のみまたは神経筋電気刺激のみと比較して
Outcome (効果) 筋力の改善を効率的に得られるか

ステップ2. 検索文献

(☑一次情報 ・ □二次情報
検索式 PubMedにて検索式「 (("anterior cruciate ligament") AND reconstruction) AND "neuromuscular electrical stimulation"」で検索した。その結果、18件が抽出された。本患者のPICOに近い下記の論文を採用した。
論文タイトル Combination of eccentric exercise and neuromuscular electrical stimulation to improve quadriceps function post-ACL reconstruction.
著者 Lepley LK, Wojtys EM, Palmieri-Smith RM.
雑誌名 The Knee.2015 Jun;22(3):270-277
目的 前十字靭帯再建術後患者において神経筋電気刺激(neuromuscular electrical stimulation;以下NMES)と遠心性筋力強化の併用が大腿四頭筋の筋力改善に効果があるかを検討すること
研究デザイン Parallel longitudinal study
対象 前十字靭帯(ACL)再建術を予定されている患者60名
 除外基準:どちらかの膝に手術歴がある、ACL損傷の既往歴がある、心疾患がある。
 割り付け:本研究の同意を得られ、除外基準に適応しない43名を無作為にNMES+遠心性収縮トレーニング群9名、NMES群12名、遠心性収縮トレーニング群9名、通常のケア群13名に割り付けた。
介入 治療時期は、ACL再建術後12週間とした。全群、通常のケアは受けていた。
 NMES+遠心性収縮トレーニング群
ACL再建術後1-6週はNMES、7-12週は遠心性収縮トレーニングを受けた。
 NMES群
ACL再建術後1-6週にNMESを受けた。
 遠心性収縮トレーニング群
ACL再建術後7-12週に遠心性収縮トレーニングを受けた。
 通常のケア群
NMESと遠心性収縮トレーニングを用いない、通常のリハビリテーションのみを受けた。
NMESの設定:Legend XT (Chattanooga Medical Supply, Chattanooga, TN)を用いて、1秒あたり75バースト、2500 Hzの交流電流を流した。
主要評価項目 術前、術後12週、スポーツ復帰時の大腿四頭筋最大収縮時の筋活動(筋電位)と筋力
結果 全群において、術前と比較してスポーツ復帰時の大腿四頭筋の筋活動、筋力は有意に増加した(p<0.05)。通常のケア群と比較してNMES+遠心性収縮トレーニング群と遠心性収縮トレーニング群のスポーツ復帰時の筋活動は有意に高かった(p<0.05)。NMES+遠心性収縮トレーニング群の術前からスポーツ復帰時までの大腿四頭筋筋力の改善率は、他の群と比較して有意に大きかった(p<0.05)。
結論 遠心性収縮トレーニングは、ACL再建術後の大腿四頭筋の筋活動と筋力の改善に有効であった。NMESは術後の疼痛により強い筋収縮を生成できないため、術後の筋活動、筋力の改善がみられなかった可能性がある。

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

☑ 研究デザインは適切である (☑ランダム化比較試験である)
☑ 比較した群間のベースラインは同様である
□ 盲検化されている (□一重盲検 ・ □二重盲検)
☑ 患者数は十分に多い
☑ 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
□ 脱落者を割り付け時のグループに含めて解析している
☑ 統計的解析方法は妥当である
☑ 結果と考察との論理的整合性が認められる
 

ステップ4. 臨床適用の可能性

☑ エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
☑ 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
☑ 倫理的問題はない
☑ 自分の臨床能力として実施可能である
☑ 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
☑ カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
☑ エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
□ その他:  
 
具体的な介入方針  本患者は、徒手検査および画像診断により前十字靭帯損傷と診断され、前十字靭帯再建術を2ヵ月後に予定された。再建術後の外来通院が可能であり、適応基準を満たしていた。本患者に対してのNMESの設定は、IVES+ GD-611(オージー技研,東京)を用いて、周波数:100Hz、通電時間3秒、休止時間2秒とした。NMESを併用して、両脚スクワット、片脚スクワットなどのエクササイズを進めた。
注意事項  荷重は1/3から開始。術後1週ごとに1/3ずつ荷重を増やしていく。術後3か月でジョギング開始、術後6か月でスポーツに対して部分復帰を許可する。

ステップ5. 適用結果の分析

 本患者は採用論文の除外基準に抵触しなかった。本症例には採用論文と同様の理学療法治療期間・方法を通常の理学療法に組み込むことができた。
 各評価時期における評価項目の結果を以下の表に示す。スポーツ復帰時には術後12週と比較して、等速性膝伸展・屈曲筋力がそれぞれ約56%、約28%上昇した。採用した論文と筋力の計測方法が異なるが、採用した論文の筋力の改善率(約26%)より大きな改善率であった。
 スポーツ復帰時には等速性膝伸展・屈曲筋力、片脚ホップ距離の下肢対象性指数(limb symmetry index;以下LSI)が95%を越えていたため、主治医は競技復帰を許可した。競技復帰2週後に自覚的パフォーマンスを聴取したところ、85%と答えた。パフォーマンス不足の要因として、体力不足、カットイン動作に対する恐怖感の2つを挙げた。競技復帰にむけて、膝機能、神経筋コントロールに対して理学療法治療するとともに、心肺機能や心理面へ向けた理学療法治療も必要であることが示唆された。
【術後12週経過時点での理学療法評価】
項目   術側 非術側 LSI(%)
Stroke test   Zero Zero
BOP  
周径(cm) 膝蓋骨直上 36.5 36.0 101.4
関節裂隙頭側10cm 40.5 41.0 98.8
関節可動域(°) 膝伸展 0 3
膝屈曲 145 160
HHD(mm) 術側が30mm高位
60°/sの等速性筋力(%BW) 膝伸展 159.2 214.6 74.2
膝屈曲 106.0 119.7 88.5
片脚スクワットでの膝屈曲角度(°) 75 80
60°/sの等速性筋力:Biodexを用いて計測
【スポーツ復帰(術後8ヶ月経過)時点での理学療法評価】
項目   術側 非術側 LSI(%)
Stroke test   Zero Zero
BOP  
関節可動域(°) 膝伸展 1 3
膝屈曲 155 160
HHD(mm) 術側が5mm高位
60°/sの等速性筋力(%BW) 膝伸展 248.3 254.9 97.4
膝屈曲 135.1 130.4 103.6
片脚ホップ距離(cm) 前方 133 129 103.3
外側 107 106 100.9
内側 120 117 102.6
片脚スクワットでの膝屈曲角度(°) 90 90
【筋力値・片脚スクワット膝屈曲角度の変化】
項目   術前 術後12週 術後8ヶ月
60°/sの等速性筋力(%BW) 膝伸展 159.2 248.3
膝屈曲 106.0 135.1
片脚スクワットでの膝屈曲角度(°) 20 75 90

第24回「膝前十字靭帯再建術後患者に対する筋力強化と神経筋電気刺激の併用」 目次

2020年01月10日掲載

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