慢性膝蓋大腿痛症候群患者の障害:内側広筋の選択的トレーニングと通常の大腿四頭筋の筋力増強運動の無作為化比較試験

G. Syme, P. Rowe, D. Martin, G. Daly : Disability in patients with chronic patellofemoral pain syndrome : A randomized controlled trial of VMO selective training versus general quadriceps strengthening. Manual Therapy 2009; 14 : 252 - 263.

PubMed PMID:18436468

  • No.1006-1
  • 執筆担当:
    山形県立保健医療大学
    保健医療学部
    理学療法学科
  • 掲載:2010年6月5日

【論文の概要】

背景

膝蓋大腿痛症候群(patellofemoral pain syndrome:PFPS)に関する報告は多いが、その診断や治療法に関しては不明な点が多い。PFPSに対する運動療法においても、大腿四頭筋を分離せずに筋力強化を図るべきか、あるいは内側広筋斜頭(vastus medialis oblique:VMO)と外側広筋を分離して捉えた上で再教育を図るべきか論議されている。本研究は大腿四頭筋全体の筋力強化を主体としたアプローチと、VMOの選択的な活動を強調したアプローチの効果を比較することを目的とした実践的研究である。

方法

PFPS患者69名(年齢16~40歳)を無作為に3群に分け、8週間の介入を行った。
(A)VMOの選択的な再教育を中心とした理学療法プログラム(選択群)23名
(B)通常の大腿四頭筋の筋力強化を主体とした理学療法プログラム(通常群)23名
(C)非治療群(対照群)23名

治療内容について、選択群はMcConnellのアプローチに従い、①表面筋電計を用いたVMOのバイオフィードバックトレーニング、②動的な異常アライメントの修正や中殿筋の筋力トレーニング、③McConnellのテーピング、④軟部組織のストレッチ、⑤膝蓋骨のモビリゼーション、⑥ホームプログラムを行った。
通常群は、①求心性および遠心性収縮を用いた大腿四頭筋を主体とする下肢の筋力トレーニング、②動的な異常アライメントの修正、③テーピング(U字型)、④A群と同様のストレッチおよびモビリゼーションを行った。

評価項目は歩行立脚相および降段時(31㎝)の膝関節屈伸運動範囲、5m平地快適歩行速度、膝関節伸展可動域、利き脚での最大跳躍距離(triple hop test)、McGill Pain Questionnaire(MPQ)、Modified Functional Index Questionnaire(MFIQ)、SF-36、Patient Generated Index(PGI)、PIM:NRS-101スケールを用いた過去1ヶ月間の平均疼痛点数である。

統計解析は、介入後の各評価結果について一元配置分散分析あるいはKruskal-Wallis検定を行い、有意差がみられた項目に関して、t-test またはMann-WhitneyのU検定にBonferroniの不等式による修正(P<0.017)を加えることで多重比較を行った。さらに、介入後の各群間の平均値の差についてCohen'dを用いて効果量(Effect size:ES)を求め、6段階で評価した。

結果

離脱者は選択群2名、通常群1名、対照群3名であった。治療前の3群間の基礎的項目(年齢、性別、疼痛持続期間、BMIなど)について統計学的有意差はみられなかった。治療後の各測定パラメータの結果を3群間で比較したところ、歩行立脚相の膝関節屈伸運動範囲は、3群間で差は認められなかった。降段時の膝関節屈伸運動範囲は、対照群と比較して通常群が有意に大きな改善を示した。選択群も有意ではないが対照群と比較し改善(ES 0.48)を示した。選択群と通常群の間には有意差が認められなかった。疼痛の評価であるMPQ、PIMに関しては、対照群と比較し、選択群および通常群ともに有意な改善を示した。QOLの評価であるPGIも対照群と比較し、選択群および通常群ともに有意に改善した。対照群と比較した場合の効果量は、選択群では大きな効果量(ES 1.14:95% CI 0.52-1.76)が、通常群では非常に大きな効果量(ES 1.28:95% CI 0.64-1.91)が認められた。SF-36の身体面の点数も同様に選択群と対照群、通常群と対照群の間に有意差がみられた。対照群に対する選択群の効果量は大(ES 1.22:95% CI 0.59-1.84)で、通常群は中等度(ES 1.04:95% CI 0.22-1.65)であった。通常群に対する選択群の効果量は認められなかった(ES 0.00:95% CI-0.58-0.58) 。SF-36の精神面の点数ならびに他の測定項目に関しては、3群間に差は認められなかった。

考察

本研究に参加したPFPS患者の多くが、VMOの選択的活動を強調したトレーニングを付加するか否かにかかわらず、大腿四頭筋の筋力トレーニングを主体とした運動療法で疼痛や機能、そしてQOLの有意な改善を、少なくとも短期効果として得ることができた。したがって、両方のアプローチともPFPS患者に対するリハビリテーションとして有効であると考えられる。リハビリテーションプロセスの早い段階でVMOの選択的収縮のトレーニングを行うことは適切かもしれない。しかし、臨床家はリハビリテーションプログラムを進行させていく以上にVMOの選択的収縮に過度に焦点を当てるべきではない。特に明らかな参加制約のあるような慢性症例に関してはこだわるべきではない。

【解説】

本研究の特徴は、単一の介入手段の有効性を検証するのではなく、「大腿四頭筋の筋力強化」あるいは「VMOの再教育」を目的とした複数の介入手段により構成されたプログラム(一連の介入群)の有効性を、対照群を設けて検証した点である。実際の臨床場面においても、目的と介入手段が1対1の関係にあるのではなく、例えば膝蓋骨に対するVMOの働きを高めることを目指すのであれば、筋力、活動のタイミング、膝蓋骨の可動性、膝周囲筋の柔軟性など多くの要素に働きかける必要がある。したがって、本研究から単一介入の有効性を問うことはできないが、日常の臨床で用いられているプログラムの有効性ならびにプログラム間の効果の比較が可能となり、臨床的に有用性が高い研究といえる。
本研究結果から、慢性期のPFPS症例に対して、両方の介入群ともに痛みや機能、QOLなどで短期的効果が認められたが、長期的効果については明らかではない。さらに、著者が指摘しているように、PFPS症例に対する時期や内容を含めた、最適なリハビリテーションプログラムは、未だ確立されていない段階といえる。これらに関しては、PFPSの病態解明やより詳細な診断の確立が求められるが、臨床においては、PFPSが疼痛を主訴とする疾患だけに、特に慢性期においては、特定の要因にこだわり過ぎずに包括的なアプローチを考慮する必要がある。

【参考文献】

  1. McConnell J. The management of chondromalacia patellae: a long term solution. Australian Journal of Physiotherapy 1986; 32 : 215 - 23.
  2. Powers CM. The influence of altered lower-extremity kinematics on patellofemoral joint dysfunction : a theoretical perspective. Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy 2003; 33 : 639 - 46.
  3. Wilk KE, Reinold MM. Principles of patellofemoral rehabilitation. Sports Medicine and Arthroscopy Review 2001; 9 : 325 - 36.
  4. Goh AC. Vastus medialis oblique : are we blind to the evidence? Physiotherapy Singapore 2000; 3 : 2 - 3.
  5. Grelsamer RP, McConnell J. The patella -- a team approach. USA : Aspen Publishers; 1998.

2010年06月05日掲載

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