アロディニアは脊髄内への神経幹細胞移植の有用性を制限する;分化誘導は転帰を改善する

Hofstetter CP, Holmstrom NA, Lilja JA, Schweinhardt P, Hao J, Spenger C, Wiesenfeld-Hallin Z, Kurpad SN, Frisen J, Olson L. : Allodynia limits the usefulness of intraspinal neural stem cell grafts; directed differentiation improves outcome. Nat Neurosci. 2005 Mar;8(3):346-53.

PubMed PMID:15711542

  • No.1112-2
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2011年12月1日

【論文の概要】

背景

障害を受けた中枢神経系への幹細胞治療は,神経機能に回復をもたらすことが分かっている。幹細胞の一つである神経幹細胞(NSC)の移植は,ニューロンよりむしろ多数のアストロサイトと少数のオリゴデンドロサイトの供給につながる。したがって移植の効果は,これらニューロン以外の細胞の機能からもたらされる。つまりアストロサイトが神経栄養因子を分泌し神経機能を賦活化すること,そしてオリゴデンドロサイトが損傷部を再髄鞘化することが背景にある。一方,神経栄養因子は強い副作用を持ち,害のない刺激が痛みとして感じられるアロディニアのような神経源性疼痛を引き起こすことが,基礎研究,臨床研究の両方で分かっている。

目的

NSCのアストロサイトへの分化を抑制すると,幹細胞治療されたラットのSCIモデルの知覚過敏,そしてこの感覚異常に関連した脊髄における形態変化の発生に差をもたらすのかを調べることである。

材料と方法

成熟雌性ラットのT8-9レベルの脊髄へ,10 gの重りを12.5 mm高より落下させSCIを作成した。別の成熟雌性ラットの脊髄よりNSCを分離・培養し,その一部にニューロンへの分化を促す遺伝子であるneurogenin-2(Ngn2)と移植細胞であることを標識する緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を導入した。SCI後1週間の時点で,脊髄損傷部の周囲に,溶媒のみ,操作されていないNSC,またはNgn2が導入されたNSC(Ngn2-NSC)の移植を実施した。行動評価として,移植後9週までの歩行機能を調べた。また,加熱,冷却,または機械的刺激に対する前肢の引っ込め反射の強さと出現するまでの潜時を調べた。組織学的分析として,脊髄におけるアストロサイト数,オリゴデンドロサイト数,髄鞘の横断面積,そしてカルシトニン関連遺伝子タンパク(CGRP)陽性の一次感覚ニューロンの中枢枝の量を測定した。

結果

移植細胞が脊髄内でアストロサイトに分化した割合は,操作されていないNSCが70-80%,Ngn2-NSCが32%であり,後者はアストロサイトへの分化が抑制されていた。オリゴデンドロサイトに分化した割合は,操作されていないNSCが13-17%,Ngn2-NSCが31%であり,後者の方が有意に高かった。

移植後9週間の経過で,歩行機能の回復はNgn2-NSC移植,操作されていないNSC移植,そして溶媒のみの注入の順で高いことが分かった。歩行機能と損傷部における髄鞘横断面積との間に有意な相関があった。

前肢への機械的刺激に対し,操作されていないNSCが移植されたラットでは引っ込め反射が短時間で出現した。また,前肢の冷却に対し,溶媒,操作されていないNSCにて治療されたラットでは,正常ラットおよびNgn2-NSCsで治療されたラットより強い引っ込め反射をより短い時間で示した。移植細胞由来のアストロサイト数とこれらアロディニア様反応の発達との間には相関関係があった。

脊髄後角において,CGRP陽性線維は主にRexedの第I-II層に分布していた。しかし,操作されていないNSCの移植はCGRP陽性線維をより深層の第III層まで到達させ,線維の長さの合計も増大させていた。CGRP陽性線維の長さの合計に逆比例して引っ込め反射が出現するまでの時間が短縮していた。また,移植細胞由来のアストロサイト数とCGRP陽性線維の総量との間には相関関係があった。

考察

操作されていないNSCを損傷された脊髄へ移植すると,運動機能を回復させる一方で,異所性の神経線維の増殖を招き障害されていないはずの前肢でアロディニアを引き起こすことが示された。移植細胞の分化をアストロサイトではなくオリゴデンドロサイトへ誘導することは,副作用を減らし運動と感覚の機能回復を大きく促進する。幹細胞の分化を制御することは,深刻な副作用を防ぎ,適切な機能回復をもたらすと思われる。

【解説】

論文の位置づけ 
胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)のような幹細胞を移植し障害された臓器の機能を再建する試みは,近年における医学研究の大きな潮流の一つである。幹細胞研究は,主に実験動物を用いて進められてきた。しかし本邦でも,ヒトを対象とした臨床試験が既に始まっている。2005年より関西医科大学にて,中枢神経障害を対象としたものとしては本邦初めての幹細胞治療が開始された(急性期脊髄損傷者へ骨髄由来の幹細胞,骨髄間質細胞を移植) [1.]。2007年からは札幌医科大学にて急性期脳梗塞者への骨髄間質細胞の移植が始まっている[2.]。こうした治療を受けた症例の理学療法を実施するその日が近づいている。
幹細胞治療ではこれまでにない大きな効果につながると期待されている。しかし,この研究の結果は,幹細胞治療の後で機能回復と同時にリハビリテーションの遂行を阻害する強い副作用が起きうることを喚起している。その副作用とは,非麻痺肢におけるアロディニアの出現である。問題は,本来期待される効果とこの副作用が共通のメカニズムから生じることにある。実は現在利用可能な方法では,幹細胞治療によっても傷ついた中枢神経系を十分に修復することはできない。実際には,移植細胞が神経栄養因子と呼ばれる生理活性物質を分泌することで,組織破壊が抑制されたり損傷を免れた領域の機能が賦活化されることが効果をもたらすメカニズムの本態だと考えられる[3.]。さらに,神経栄養因子には神経線維の伸長を促す作用があり,これも機能の再建に役立つと期待されている[4.]。しかし,神経線維の増殖は障害を受けた神経回路だけでなく障害を受けなかった回路でも生じる[5.]。感覚性回路の線維が増殖すると,この論文で示されたような有害な知覚過敏を引き起こす結果となる。
幹細胞治療による治療効果が主に神経栄養因子の作用に基づいていることから,少なくとも現時点では,機能改善とアロディニアの発生はトレードオフの関係にあるといわざるを得ない。この研究で検証された移植細胞の遺伝子操作は,アロディニアの発生を抑制するための方策の一つである。しかし,安全性が未確認であるため,現時点で遺伝子操作された細胞がヒトの治療に適応できる段階にはない。アロディニアの発生を前提に,いかにリハビリテーションを進めていくのかが問われると考えられる。

【用語解説】

アロディニア 
触刺激のような害のない刺激を強い痛みとして感知する知覚異常である。中枢神経障害や末梢神経障害の発生はこの知覚異常が生じる原因となりやすい。
アストロサイト 
中枢神経系を構成する細胞の一つで,グリア細胞に分類される。多数の突起を持ち,その間にニューロンや神経線維が配置されている。いわば中枢神経系の結合組織とも言え,その機械的な支持を担っている。また突起は血管基底膜に接して,いわゆる血液脳関門の閉鎖機能を担うと考えられている。発生期においては,その一種である放射状グリアが神経線維の伸張,標的への誘導を促す働きを持つ。
オリゴデンドロサイト 
中枢神経系を構成する細胞の一つで,アストロサイトと同じグリア細胞に分類される。いわば中枢神経系におけるシュワン細胞である。髄鞘形成を担い,これが失われると軸索が残っていても伝導ブロックが生じる。

【参考文献】

  1. Saito F, Nakatani T, Iwase M, Maeda Y, Hirakawa A, Murao Y, Suzuki Y, Onodera R, Fukushima M, Ide C. Spinal cord injury treatment with intrathecal autologous bone marrow stromal cell transplantation : the first clinical trial case report. J Trauma. 2008 Jan;64(1):53-9.
  2. Honmou O, Houkin K, Matsunaga T, Niitsu Y, Ishiai S, Onodera R, Waxman SG, Kocsis JD. Intravenous administration of auto serum-expanded autologous mesenchymal stem cells in stroke. Brain. 2011 Jun;134(Pt 6):1790-807.
  3. Liu H, Honmou O, Harada K, Nakamura K, Houkin K, Hamada H, Kocsis JD. Neuroprotection by PlGF gene-modified human mesenchymal stem cells after cerebral ischaemia. Brain. 2006 Oct;129(Pt 10):2734-45.
  4. Vavrek R, Girgis J, Tetzlaff W, Hiebert GW, Fouad K. BDNF promotes connections of corticospinal neurons onto spared descending interneurons in spinal cord injured rats. Brain. 2006 Jun;129(Pt 6):1534-45.
  5. Ramu J, Bockhorst KH, Grill RJ, Mogatadakala KV, Narayana PA. Cortical reorganization in NT3-treated experimental spinal cord injury: Functional magnetic resonance imaging. Exp Neurol. 2007 Mar;204(1):58-65.

2011年12月01日掲載

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