死亡率減少と長寿が期待できる最小限の身体活動量:前向きコホート研究

Wen CP, Wai JP, Tsai MK, Yang YC, Cheng TY, Lee MC, Chan HT, Tsao CK, Tsai SP, Wu X. Minimum amount of physical activity for reduced mortality and extended life expectancy: a prospective cohort study. Lancet. 2011 Oct 1;378(9798):1244-53. Epub 2011 Aug 16.

PubMed PMID:21846575

  • No.1202-2
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2012年2月1日

【論文の概要】

背景

余暇の身体活動が健康増進に効果があることは周知の事実である。しかし、一般に推薦されている1週間150分の運動量より少ない運動量において長寿効果があるかどうかは不明である。我々は、台湾において身体活動量における健康への影響を評価した。

目的

台湾における国民の身体活動量の健康効果を評価することにより、1週間につき150分未満の運動が死亡率減少と、寿命を延ばすことに効果があるかどうか調査することである。

対象と方法

本研究は前向きコホート研究であり、1996~2008年の間に台湾における標準的な医療検査プログラムに参加した416.175人(199.265人の男性と216.910人の女性)を対象とした。平均追跡期間8.05年(SD 4.21年)である。自己管理アンケートにおいて既往歴および生活スタイルについて把握した。毎週の運動量に基づき対象者は5つのカテゴリーに分類された。5つのカテゴリーは①不活発 ②少ない ③普通 ④多い ⑤非常に多いである。このカテゴリー分類のために調査の前月間で1週間に行った余暇身体活動の程度と時間を確認した。次に通常と異なる余暇身体活動を行った週のことを確認した。最後に仕事中の身体活動量について確認した。余暇身体活動の共変量とカテゴリーはCox比例モデルを使用し分析を行った。共変量は年齢、性別、教育水準、仕事中の身体活動、喫煙、飲酒、DM、HT、がん、空腹時血糖値、収縮期血圧、総コレステロール、BMI値の13項目である。

我々は不活発群と他群の死亡率を比較するために危険率(HR)を算出して、すべての群における寿命を算出した。

結果

不活発群に分類された余暇身体活動が週に1時間に満たない対象者は全体の54%であった。運動量の少ない群に分類された群の運動量は週に平均92分(95%信頼区間71-112分)または1日に平均15分(SD 1.8)の運動量であった。

不活発群は、運動量の少ない群と比較してすべての原因の死亡率が17%(危険率 1.17、95%信頼区間1.10-1.24)、がんの死亡率が11%(危険率1.11、95%信頼区間1.01-1.22)増加するリスクがあった。

一方、不活発群と比較して運動量の少ない群はすべての原因の死亡率(0.86、0.81-0.91)のリスクを14%減少させ、寿命は3年長かった。

更に運動時間が最小運動量である一日15分を超えて最大100分までは、1日に15分増加する毎にすべての原因の死亡率を4%(95%信頼区間2.5-7.0)、すべてのがんの死亡率を1%(信頼区間0.3-4.5)減少させた。これらの効果は、年齢、性別、健康状態、喫煙、飲酒、そして心血管性疾患の危険性があっても同様であった。30歳時点で不活発群と比較して運動量の少ない群の寿命は男性で2.55年、女性で3.10年長かった。そして、毎日の推薦された運動である30分間の運動を行った人の寿命は男性で4.21年、女性で3.67年長かった。

考察

不活発群と比較して1日平均15分の適度な強さの運動をした場合は健康増進効果が認められた。本研究において健康増進に効果があると判断された運動量は世界推薦の運動量の1/2の運動量である。1日15分の運動は1日30分の運動よりも実施が簡単である。また、1日15分の運動が継続できるようになれば運動時間を増加させようと考えるかもしれない。余暇身体活動の増加は社会的変化をもたらすことにつながる。運動への配慮を潜在的に増加させるためにも東部アジア人への一日15分の運動の推薦は促進すべきである。

つまり、1日につき15分または1週につき90分の適度な強さの運動は心血管疾患の危険を持つ人においても有益であると考える。

【解説】

論文の背景・位置づけ
近年問題となっている生活習慣と健康増進への対応としての運動量の検討である。現在、推薦される運動量の基準はアメリカにおける身体活動ガイドライン(2008年)とWHOの2010年健康のための身体活動の世界的推薦である[1. 2.]。この中では1日につき30分もしくは1週につき5日間の運動を推薦している。しかし、東部アジア人は西欧人より身体的に活発でない傾向があり、低い強度の運動を行う傾向がある。アメリカでは成人人口の3分の1はこの推薦する運動量を確保できたが、中国、日本または台湾のような東アジア諸国では運動量を確保できたのは成人人口の5分の1未満であった。WHOの提言においても推薦運動量は地域別、年齢別に分けて考えられている。本論文は日本人に近い生活習慣を持つ台湾人を対象とした大規模な前向きコホート研究である。
論文の評価(良い点、悪い点、難解用語の解説)
非感染性疾患NCDs(いわゆる生活習慣病)は喫煙、偏食、運動不足、有害飲酒の4つのリスクへの対策で予防可能である。2011年9月にニューヨークで行われたNCDs国連ハイレベル会議においても世界規模で取り組むべき21世紀最優先の課題であると確認されている[1. 2.]。ここで取り上げられたNCDsとは、がん、心血管疾患、糖尿病、慢性肺疾患であるが、2008年のWHOの統計によるとNCDsでの死亡者は全死亡者の63%であり、そのうち60歳以前の死亡者はNCDsによる死亡の25%に上っている。NCDsの罹患率の性差はなく、リスクファクターがなくなれば世界の心疾患、脳卒中、2型糖尿病の4分の3は予防出来き、がんの40%も予防出来るとされている。動物実験においても運動負荷が急性心筋梗塞における虚血再灌流障害に対して直接的な保護効果が認められることを証明している[3.]。
本研究によれば運動をしていなかった人が軽い運動をした場合、6人に1人は寿命が延びている。これは禁煙プログラムが成功した場合と同じ程度の死亡率の減少である。この研究結果により、運動を身近に感じることにより自分たちが出来る範囲の運動をするよう促すことができる。また1日15分と言う短い運動時間でも健康増進効果があることを示した点は重要である。

【参考文献】

  1. WHO:Global Recommendations on Physical activity for Health.
    http://www.who.int/dietphysicalactivity/factsheet_recommendations/en/index.html
  2. 社団法人日本WHO協会:http://www.japan-who.or.jp/event/2011/AUTO_UPDATE/1109-3.html
  3. 葛谷恒彦:運動による心筋虚血耐性獲得.Therapeutic Resarch.2001;22(9):2124-2129.
  4. 木村穣:特集 動脈硬化と運動・身体活動-予防・改善のための取り組み-.臨床スポーツ医学.2011;28(12):1309-1309.
  5. 小熊祐子:糖尿病治療・予防におけるライフスタイル改善の意義-近年の疫学研究結果より-.臨床スポーツ医学.2010;27(5):479-485.
  6. 小熊祐子:健康増進・疾病予防のための身体活動-エビデンスと推奨-.臨床スポーツ医学.2010;27(11):1181-1186.
  7. 中村隆志:糖尿病患者の運動習慣改善プログラム‐心血管イベント予防をめざす治療的ライフスタイル介入の実際‐.心臓リハビリテーション.2009;14(1):43-45.
  8. 江口依里,磯博康,田邉直仁,他:健康的な生活習慣の組み合わせと循環器疾患死亡との関連:JACC Study.日本循環器病予防学会誌.2011;46(2):138-138.
  9. 大塚俊昭, 川田智之,矢内美雪,他:一職域男性集団におけるメタボリックシンドロームの発症率およびメタボリックシンドローム発症に関連する生活習慣因子の検討.産業衛生学雑誌.2011;53(3):78-86.
  10. 大阪府立健康科学センターHP:http://www.kenkoukagaku.net/yosoku/

2012年02月01日掲載

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