筋炎の抵抗運動に関する長期的、統合的、臨床的、病理組織学的および伝令RNAプロファイリングの研究

  • No.1210-1
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2012年10月1日

【論文の概要】

背景

多発性筋炎と皮膚筋炎は、慢性の骨格筋の近位筋優位の筋力低下と単核炎症細胞の浸潤を特徴とする自己免疫性疾患である。これまで、筋炎患者は筋肉の炎症の増悪と疾患の再燃の恐れがあるため物理的な活動を控えるように勧められていたが、最近の研究によると免疫抑制剤と中等度の運動の組み合わせでは、筋の炎症を誘発することなく筋肉のパフォーマンスを向上させうることが示された。筋の炎症に関わる分子レベルの炎症性サイトカイン、筋の線維化など解明されつつあるが、運動に関連する臨床症状の改善の根底にある分子メカニズムはまだよくわかっていない状況にある。

目的

この研究では、分子レベルで、筋炎患者の筋肉のパフォーマンスと疾患の進行との関連から抵抗運動の効果を同定する。そして、改善された筋力パフォーマンスに関連する分子レベルの変化と運動の効果を判断するための筋力の変化、組織学およびゲノムワイドな伝令RNA(mRNA)のプロファイルを評価する。

方法

皮膚筋炎患者5人と多発性筋炎患者3人の合計8人が抵抗運動プログラムに参加した。1週間に3日、10VRM(自主的に繰り返して10回行うことのできる強度で)の抵抗運動練習を三角筋、大腿四頭筋、広背筋/上腕二頭筋、腓腹筋および体幹筋に対して7週間実施した。これらの患者は実施期間中とその以前に安定した薬剤を使用し、プログラム開始前3カ月間の疾患活動性が検出されなかった。疾患活動性は臨床的な炎症の活動性やプレドニンなどの薬物使用料、その他の臓器への影響などを専門医が評価する臨床疾患活動性指標と血清クレアチンキナーゼ(CK)のレベルで測定した。RNAは患者の外側広筋より得られた筋生検試料から抽出された。マイクロアレイデータ解析による遺伝子解析や遺伝子ネットワークなどの分子レベルの解析も行った。自己抗体などの免疫組織学生化学分析等により筋線維の組織学的分析との関係も分析した。

結果

7週間の抵抗運動練習により筋力増強、CKの血中レベルの減少、臨床疾患活動性指標は改善された。また、免疫反応を媒介する血中蛋白の補体C1qの中央血清中濃度が減少した。また、いくつかの遺伝子解析や組織生化学的分析からは、多発性筋炎や皮膚筋炎における抵抗運動が炎症作用を増強せず抗炎症作用の役割を果たす可能性があることを示した。

考察

運動練習は健常者には全身性炎症に対して有益な効果があるが、慢性炎症性疾患患者における炎症に対する運動練習の効果についてはほとんどわかっていない。本研究で報告された遺伝子発現の変化は、運動によって誘導されるパフォーマンスの改善に一致し、抵抗運動トレーニングが骨格筋の炎症や線維化の減少を誘導しうることを示唆している。多くの検証が必要ではあるが、自己免疫性筋炎患者の筋機能の回復に対する抵抗運動は、筋の炎症や組織の線維化を減少させ、代謝の恒常性を改善することにより遺伝子レベルの正常化に導く可能性を想像させる。

【解説】

多発性筋炎や皮膚筋炎等の自己免疫性疾患は、疾患としても稀であり、理学療法やリハビリテーションに関する報告は少ない。日本では症例報告のみ[1.]であり、海外文献もRCTはクレアチンの補給と組み合わせての報告[2.]はあるが、運動療法単独でのRCTは報告されていない。対象人数としても十数人であり、ほとんどは、非RCTの介入研究や対照群のない研究である[3.4.]。特に筋力増強運動については、筋の炎症の回復を病理組織学的に捉えただけでなく、蛋白合成のため、DNAからの転写による伝令RNA(mRNA)の解析、プロファイリングを行うことにより、抵抗運動自体が筋線維の回復に寄与している可能性を示唆することを考察している。スエーデンのカロリンスカ大学の理学療法士であるAlexanderson等は、この疾患に対する運動療法の効果を継続的に研究し、中~強強度の抵抗運動でも安定期の筋炎患者には炎症の増悪や疾患の進行悪化なしに筋力増強が得られることを示してきた[2-5.]。筋線維の変化[5.]そして今回の分子レベルでの回復などの解析など学際的に研究を展開しており、理学療法の基礎と臨床をつなぐ研究モデルとなるといえる。 
なお、分子生物学的な研究の部分の読解は、その道の専門家の協力が必要であった。

【参考文献】

  1. 山内真哉, 森下慎一郎, 眞渕敏, 児玉典彦, 道免和久. 亜急性期の皮膚筋炎患者に対する運動療法における運動負荷量の検討. 理学療法学,2011 , 38(2):114-120
  2. Chung YL, Alexanderson H, Pipitone N, Morrison C, Dastmalchi M, Stahl-Hallengren C, Richards S, Thomas EL, Hamilton G, Bell JD, Lundberg IE, Scott DL. Creatine supplements in patients with idiopathic inflammatory myopathies who are clinically weak after conventional pharmacologic treatment: Six-month, double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Arthritis Rheum. 2007 , 57(4):694-702.
  3. Alexanderson H, Lundberg IE.,: Exercise as a therapeutic modality in patients with idiopathic inflammatory myopathies. Curr Opin Rheumatol. 2012 , 24(2):201-207
  4. Alexanderson H: Exercise effects in patients with idiopathic inflammatory myopathies. Curr Opin Rheumatol. 2009 , 21(2):158-163
  5. Dastmalchi M, Alexanderson H, Loell I, Stahlberg M, Borg K, Lundberg IE, Esbjornsson M.,: Effect of Physical Training on the Proportion of Slow-Twitch Type I Muscle Fibers, a Novel Nonimmune- Mediated Mechanism for Muscle Impairment in Polymyositis or Dermatomyositis. Arthritis Rheum. 2007 , 57(7):1303-1310.

2012年10月01日掲載

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