慢性期脳卒中後遺症者を対象とした5回反復立ち上がりテスト:信頼性と妥当性

1) Mong Y, Teo TW, Ng SS (2010). 5-repetition sit-to-stand test in subjects with chronic stroke: reliability and validity. Arch Phys Med Rehabil 2010; 91(3): 407-413.

PubMed PMID:20298832

  • No.1211-1
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2012年11月1日

【論文の概要】

背景

立ち上がり動作を用いたテストは、最初は下肢筋力測定に有効な評価指標として紹介された。5回反復立ち上がりテスト(5回反復STSテスト)は、当初、虚弱高齢者の死亡率と能力障害の身体機能評価法として使用された経緯がある。同様に、高齢者を対象にバランス障害の有無を識別するため、また、股関節や膝関節の人工関節置換術後の症例に対する介入効果や振動刺激療法の効果判定の評価指標、変形性関節症や前庭機能障害を有する対象者の横断的研究などに用いられてきた。そして5回反復STSテストは慢性期脳卒中患者へ対する筋力トレーニングや運動能力向上への介入効果の判定指標、機能障害や転倒との関連性の評価指標としても紹介されてきた。このように5回反復STSテストはさまざまな分野で共通使用されているにもかかわらず、再テスト信頼性は健常高齢者や変形性関節症患を有する高齢者で検証されているだけであり、脳卒中後遺症者では行われていない。

目的

この研究では、(1)脳卒中後遺症者への5回反復STSテストの検者内・検者間・再テスト信頼性を検証すること、(2)5回反復STSテスト結果とBerg Balance Scale(BBS)、下肢筋力および安定性限界(limit of stability:LOS)との関連性、(3)3グループ間(若年者、健常高齢者、脳卒中後遺症者)の移動能力の特徴的相違について5回反復STSテストの感受性をROC曲線を用いて検証することを目的としている。

対象

脳卒中後、少なくとも1年経過した脳卒中後遺症12名、医学的に安定した50歳以上の高齢者12名、21歳から35歳までの若年者12名の合計36名を対象とした。脳卒中後遺症者と健常高齢者については、移動が歩行補助具の有無によらず10m以上介助なしで可能で、簡易版Mental Testで7点以上の者とした。除外基準は、小脳関連症状が見られる場合、または筋力、バランス、移動能力に何らかの影響がある状態、指示理解能力に影響が見られる状態とした。

方法

評価指標として、5回反復STSテスト、ハンドヘルドダイナモメータを用いた等尺性下肢筋力測定、臨床的バランス指標であるBBS、動的姿勢バランス指標であるLOSテストを実施した。手順としては、5回反復STSテストの信頼性の検証には、臨床経験3年目の2人の評価者が測定した。これらのテスト場面はビデオ撮影され、3名の3~7年の臨床経験がある理学療法士と医学的背景を持たない3名の学生へ提示し測定してもらった。それ以外のBBS、筋力評価、LOSは2名の評価者が測定した。3グループ間の5回反復STSテストの値については多重比較検定により比較し、また、級内相関係数ICCは検者内(ICC3,1)、検者間ICC(3,2)、再テスト信頼性(ICC2,1)を算出した。5回反復STSテストとその他のパラメータの関連性について、Spearmanの相関係数で検討した。さらに、各グループごとの5回反復STSテストのカットオフ値について、ROC曲線にてAUCを用いて最適な値を検討した。

結果

検者内信頼性(ICC=.970-.976)、検者間信頼性(ICC=.999)、再テスト信頼性では臨床理学療法士(ICC=.1.000)と学生(ICC=.994)という良好な結果が得られた。
5回反復STSテスト結果の3グループ間の比較では、脳卒中後遺症者(17.1±7.5秒)と若年者(8.9±0.7秒)および健康高齢者(10.8±1.7秒)のそれぞれで有意な差を認めた。
関連性の検証では、5回反復STSテストと麻痺側および非麻痺側の膝屈曲筋力で負の相関関係がみられたが、BBSとLOSの結果とは有意な関連性は見られなかった。5回反復STSテストのカットオフ値は、若年者と健康高齢では9.4秒(感度75%、特異度75%)、健康高齢者と脳卒中後遺症者では12.2秒(感度83%、特異度75%)が最良の判別値あることが分かった。

考察

本研究は、5回反復STSテストを評価者の熟練度の影響を考慮した初めての研究であり、評価者の熟練度によらず信頼性が高い結果を示した。これは脳卒中の臨床場面において5回反復STSテストの使用を普及していくことができる結果であったと考える。
脳卒中後遺症者を対象とした5回反復STSテストについて、下肢筋力低下やバランス機能低下のような脳卒中特有の機能障害により、立ち上がりに時間がかかるとの報告もあり、本研究でもその結果と一致している。これは脳卒中後の筋力低下は運動単位のリクルートメントの低下や発火頻度の減少による影響があると考えられ、同様に麻痺筋線維の限局した変化が立ち上がりパフォーマンスの妨げとなっているものと考えられる。
5回反復STSテストと各パラメータとの比較では、膝屈曲筋力との関連性が確認された。これは速いペースでの5回反復STSテスト中では、膝関節をより安定させることに加え、より高い股関節伸展力が必要になるため、膝関節屈筋群の関与が観察されることは妥当な結果であると考えられる。
ROC曲線を用いて、AUCによるカットオフ値の有効性を検証し、AUCは80%以上であった。これは60歳より若い対象者で検討した報告でも10秒がカットオフ値として挙げられており、本研究でも若年者と健康高齢者で9.4秒と同様な結果であった。しかしながら、脳卒中患者と若年者および健康高齢者の間で、カットオフ値の差がわずか3秒程度であった。これは、今回対象とした本研究の脳卒中後遺症者のサンプルが高い運動機能を有していた可能性が考えられた。

【解説】

立ち上がり動作を用いたパフォーマンステストは、実施者および被験者とも容易に理解可能で簡便なテストである。背景にもあるように、筋力やバランス能力、また介入効果の効果判定などに頻繁に利用されている。本邦においては、5回反復STSテストよりも30秒椅子立ち上がりテスト1-3)が主に利用されている印象がある。規定の回数を何秒で実施できるか、また規定の時間内に何回できるかという2つの方法についてはそれぞれメリット・デメリットはあるが、脳卒中患者を対象とした体力評価としては、この研究で各種信頼性が確認された5回反復STSテストを使用することが、今後の脳卒中後遺症者の体力評価方法として有効なパフォーマンステストになり得ると考えられる。ただし5回反復STSテストは、短時間に最大努力にて実施するスピードテストであり、体力的要素から判断すると筋力というよりも瞬発力、または時間的要素を含めた筋パワーと捉えるべきであろう。この点については、脳卒中患者を対象とした筋パワー測定を実施している報告4)もあり、その報告でも5回反復STSテストが筋パワー測定に有効であるとしている。またこの研究では、筋力とは関連性が見られたもののバランス能力とは有意な関連性を認めていない結果ではあったが、少なからずバランス能力の影響も考慮にいれる必要があるためその点についてより詳細な検討が必要である。
以上より、5回反復STSテストは筋力や筋パワーといった筋機能を主に測定できるパフォーマンステストと捉えることができるであろう。そのためにも今後は、運動生理学的に筋線維の特性やエネルギー供給機構などの要因を筋電図学的特徴や筋循環動態といった基礎研究分野の報告を期待したい。加えて、臨床場面において、脳卒中後遺症者の体力評価の一つとして5回反復STSテストを大いに活用し、さまざまな介入効果のエビデンスを示して行く必要があろう。

【参考文献】

  1. Jones CJ, Rikli RE, Bean WC: A 30-s chair-stand test as a measure of lower body strength in community-residing older adults. Res Quart Exerc, 1999. 70: 113-119.
  2. 増田幸泰,西田裕介,黒澤和生:脳卒中片麻痺患者におけ30秒椅子立ち上がりテストと歩行の関係.理学療法科学,2004. 19:69-73.
  3. 中谷敏明,川田裕樹,瀧本雅一,他:若年者の下肢筋パワーを簡便に評価する30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30テスト)の有効性.体力の科学,2002. 52:661-665.
  4. Fujita T, Iwata M, Fukuda M: Relationship between Lower Extremity Muscle Mass, Leg Extension Strength and Muscle Power of Hemiplegic Stroke Patients. J. Phys. Ther. Sci. 2011. 23: 277-282.

2012年11月01日掲載

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