筋強直性ジストロフィー(スタイナート病)の歩行パターン:3次元歩行解析による運動学的、運動力学的、筋電図学的な評価

Galli M, Cimolin V, Crugnola V, Priano L, Menegoni F, Trotti C, Milano E, Mauro A.
Gait pattern in myotonic dystrophy (Steinert disease): a kinematic, kinetic and EMG evaluation using 3D gait analysis. J Neurol Sci. 2012 Mar 15;314(1-2):83-7. Epub 2011 Nov 25

PubMed PMID:22118863

  • No.1211-2
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2012年11月1日

【論文の概要】

背景

筋強直性ジストロフィーは多様な表現型を有する常染色体優性多臓器性疾患である。筋強直性ジストロフィー1型(スタイナート病;DM1)は最も頻度が高い成人発症型の筋ジストロフィーであり、有病率は1/20,000である。DM1の原因は、ミオトニン蛋白キナーゼ遺伝子内の非翻訳領域における不安定CTG三塩基配列の反復が異常に多いためであり、CTGの反復回数と発症年齢および症状の重症度との間にはそれぞれ負と正の相関が認められている。DM1の特徴は、骨格筋の強直現象(myotonia)、進行性のミオパチー、白内障、心伝導障害、生殖器障害、神経心理学的障害である。特有の臨床症状として、特徴的な対称性の筋障害、頚部屈筋群と特に遠位筋群(足関節背屈筋群、手指屈筋群)の筋力低下、下垂足がみられる。進行に伴って近位筋群よりも遠位筋群に筋力低下と強直現象が現れ、下肢よりも上肢で顕著となる。歩行とバランスの障害は、病理変化と患者が躓いたり転倒しやすいことに関連する機能障害の結果である。DM1患者の歩行戦略に関する定量的な研究報告は僅かしかみられない。

目的

この研究の目的は、標準的な手順に則った3次元多因子歩行解析法を用いて、成人DM1患者の歩行戦略を同年代の健常者群と比較し、DM1患者の機能障害を定量的に評価すること、それらをもとにDM1患者に対する多角的リハビリテーションの重要性を検討することである。

方法

DM1患者(DM1群;女4人、男6人、41.5±7.6歳、下垂足がみられる者4人)と健康な成人20人(対照群;女10人、男10人、37.2±8.9歳)を対象とした。両側の大腿直筋(RF)、前脛骨筋(TA)、腓腹筋(GEM)の筋力をMedical Research Council Scale (MRC scale)で測定した。歩行解析には、VICON、force plate2台、EMG(16ch)、ビデオシステムを用いた。EMGの対象筋は、両側のRF、半腱様筋(BFCL)、TA、GEMとした。被験者に裸足で8mの歩行路を自然な速さで6回以上歩行させ、空間時間的・運動学的・運動力学的指標、筋活動を測定・解析した。統計手法にはノンパラメトリック法の検定法と相関分析を用いた。

結果

DM1群の全員が200m以上の独歩が可能だった。DM1群の80%で近位筋(RF)よりも遠位筋群(TA・GEM)に筋力低下がみられ、筋力低下の程度は全般的に中等度から重度だった(MRC score≦3)。3筋群のMRC scoreの間に相関関係が認められ、特にTAとGEMの間に強い相関(R=0.91)がみられた。DM1群と対照群間で有意差がみられた項目は以下の通りだった。[空間時間指標]DM1群は速度、歩幅、歩行率、歩隔が低値だった。[運動学的指標]DM1群は平均骨盤傾斜角度が高値(前傾位)、立脚相終盤の股関節伸展角度が低値、遊脚相での膝関節最大屈曲角度が高値、歩行周期内の関節可動範囲が股関節は低値・膝関節は高値、立脚期間中の足関節背屈角度が高値(着床初期の背屈角度には有意差なし)だった。立脚中期に20肢中12肢(60%)で膝過伸展がみられた。[運動力学的指標]DM1群は荷重応答期での股関節パワーが高値、立脚終期の足関節パワーが低値だった。[筋電図]DM1群ではBFCLの立脚中期における異常な活動、TAの立脚相前半と遊脚相での持続的活動、GEMの立脚相での遅延した活動と遊脚相での異常活動(TAと同時収縮)が観察された。

考察

MRC scoreの結果から、DM1では筋力低下が近位筋群よりも遠位筋群でより進行することが確認された。空間時間指標と運動学的指標の結果は、従来の報告と一致していた。立脚中期の膝関節過伸展と一致して膝関節屈筋群の異常な活動が認められた。遊脚相での膝関節の過剰な屈曲と下垂足の有無の間には関連がみられず、筋力低下を対比するための代償機構の存在が考えられる。立脚相初期の股関節パワーが有意に大きかったのは、股関節伸筋群の求心性収縮に加えて骨盤の前傾角度が大きいことによる二次的な結果であろう。立脚相終盤の足関節パワーが小さかったのは、TAとGEMが十分な筋力を発揮できないからであり、その主原因は筋力低下である。以上の結果は、DM1患者の歩行は近位筋群ではなくTAとGEMの筋力低下によって変化するという仮説を支持する。近位関節の動きの異常をひとつの筋障害では説明できないが、観察される制限は歩行を制御している中枢神経系のいくつかの部位の機能不全またはコーピング反応によって生じるのかもしれない。DM1の歩行異常とその原因を明らかにする上で、3次元歩行解析などを用いて客観的で定量的な情報を多角的に収集し、それらの関連を検討することは有用である。患者に対するリハビリテーションプログラムはこれらの所見を考慮に入れるべきである。

【解説】

この研究報告は、筋強直性ジストロフィー患者の歩行を3次元動作解析装置と筋電図を用いて分析した初めての報告である。動作解析指標と筋活動の関係からDM1の歩行異常がより鮮明に示されており、臨床的に貴重なデータを提供している。
筋ジストロフィー患者の日常生活やリハビリテーションで特に注意すべきことのひとつに転倒がある。Wilesら1)は、DM1患者と健常対照群の躓きと転倒の回数を調べ、DM1患者では躓きと転倒の回数が極めて多いこと、転倒原因は対照群では外的要因が多く、DM1患者では内的要因(下肢の衰え、不安定など)が多いことを報告している。本研究結果からは、TAとGEMの筋力低下と異常な筋活動が躓きや転倒と強く関連していることが示唆される。
立脚相での膝関節の過伸展と鶏歩はDM1患者でよく観察される事象2)である。しかし、本論文では膝関節の過伸展を引き起こす機序については述べられていない。興味深いことは、遊脚相での下垂足の存在と膝関節の過剰屈曲との間に関係がみられなかったことと、遊脚期でのTAとGEM の同時収縮が確認されたことである。DM1では中枢神経系の症状3)も認められることから、筆者が述べているように、遊脚相で膝関節を過度に屈曲させるような中枢性の機序が存在するのかもしれない。また、底背屈筋群にみられた同時収縮については、歩行中にTAとGEMに強直現象が生じているかどうかを明らかにすることが必要である。
臨床的には、空間時間指標と歩容をもとに患者の歩行能力を評価することがほとんどであるため、空間時間指標と運動学的・運動力学的指標との関連が示されていなかったこと、また、DM1患者の立位・歩行中の姿勢は前屈位、垂直位、伸展位の3パターンに分類4)されるが、歩行中の体幹アライメントに関するデータが示されていなかったことが残念である。DM1は進行性疾患であることから、歩行分析の結果と機能障害の関係を明らかにするためには、著者が述べている対象数を増やすことだけではなく、個々の患者の機能的・能力的変化を縦断的に追跡する必要がある。

【参考文献】

  1. Wiles CM, Busse ME, Sampson CM, Rogers MT, Fenton-May J, van Deursen R. Falls and stumbles in myotonic dystrophy. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2006;77(3):393-396.
  2. 石川玲,吉荒龍哉,宇野光人,工藤正美: MyD患者の異常歩行と筋力低下の関連について. 理学療法研究 16,9-13,1999.
  3. 大矢寧: 筋強直性ジストロフィーの中枢神経症状. 神経内科 60(4),411-420,2004.
  4. 木村隆: 筋強直性ジストロフィーの骨格筋障害とリハビリテーション. 神経内科 60(4),394-398,2004.

2012年11月01日掲載

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