慢性期脳卒中患者に対し歩行トレーニングを行う際の足関節底屈筋の活動活性化および機能再建について

Brian A Knarr, Trisha M Kesar, Darcy S Reisman,Stuart A Binder-Macleod,Jill S Higginson:Changes in the activation and function of the ankle plantar flexor muscles due to gait retraining in chronic stroke survivors. J Neuroeng Rehabil. 2013; 10: 12. Published online 2013 January 31.

PubMed PMID:23369530

  • No.1307-1
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2013年7月4日

【論文の概要】

背景

 歩行障害のある脳卒中患者に対して、麻痺側前遊脚期(pre-swing)に、機能的電気刺激装置(FES)による足底屈筋への刺激と、遊脚期に足背屈筋に刺激を行うことで、遊脚期の膝屈曲増加やtoe-off時の前方推進力増加に効果があるとされる。また、歩行クリアランス改善という意味で、高速のトレッドミル練習とFESを組み合わせた介入は、FES単独よりも遊脚期の膝屈曲や、前方推進力が良かったという報告もある。ただし、この組み合わせは即時効果が唱われているものの、そのメカニズムは不明のままである。そこで、筋骨格モデルを使ったコンピューターシミュレーションにて、脳卒中患者の筋活動や機能を検討することでそれらを解明できないか考えた。
​ 今回我々は、適切な膝屈曲と推進力が働くとされる、高速スピードで行うトレッドミル介入と、足背屈と底屈筋に対して、適切な時期に刺激を与えるFES介入を組み合わせた「FastFES」プログラムを作成した。脳卒中患者の足底屈筋に刺激を加え、活性化することでpre-swingの床反力を最大限利用できるようにすること、そのことにより歩行速度や持久性を改善することが目標の一つとなっている。筋骨格モデルを使用したシミュレーションを行うことで、筋活動を個々に測定でき、歩行評価を確実なものとし、介入効果を検証できるようにする。独自に開発した筋骨格モデルを用いたシミュレーションにてFastFESの歩行再教育を行い、脳卒中患者に12週間使用し介入効果があるか検討することと、他の歩行に関するパラメータとシミュレーション結果に相互関係が構築されるか報告する。

方法

 対象は、発症から6ヵ月以上経過した12人の脳卒中患者で、足背屈と底屈にFastFESを12週間実行できるものとした(63±8.6歳、うち男性3)。基準として補助具なしで5分以上自由歩行ができるもの。歩行障害があり、しかしながら少なくとも膝屈曲位にて5度以上の背屈、底屈運動が患側肢でできるもの(他動)。除外基準として重度失語、認知症、小脳系の損傷は除いた。
 トレーニングは46分。トレッドミル上でなるべき速く歩き、FESの刺激を行う。最終過程(第5区)ではトレッドミルの他、平地でFESなしで3分歩行させた。これは、効果を転移する目的で行われる。FESの刺激はpre-swingに刺激され、そのタイミングは踵と第5中足骨のフットスイッチで調整される。足背屈は遊脚相の間刺激し続け、底屈は踵離地から足尖離地まで刺激された。3週間実施しこの期間中は装具の使用を控えてもらった。
 運動および運動力学的分析はVICON社製の解析装置で、またトレッドミル操行にはAMTIの機器を用いた。トレッドミル歩行スピードは事前に6分歩行を平地で行い決定した。トレッドミルでは安全のため、必要に応じ部分免荷にしたり手すりを用いた。3次元解析装置は、骨盤や股・膝・足関節など54カ所マーカーをつけ解析を試みた。
 筋骨格モデルは、実験的に行われた運動分析(筋出力、活性化)を再現するよう計算されたものを使用し、誤差修正されるよう設計され、足底屈筋(腓腹筋、ヒラメ筋、後脛骨筋)の活動と膝屈曲を主眼に計測した。なお、下肢質量中心の加速度や筋出力を0.01秒間隔でシミュレートできるものである。
 統計学的解析は、介入前後の比較。足底屈筋と歩行速度およびpre-swing時の最大膝関節角度の関係。足底屈筋の活性化により起こった、トレーニングした下肢の角度と膝の屈曲加速度の関係。シミュレートで設計された底屈筋と歩行速度の関係などをみた。

結果

 12名中4名は機器の不具合などで測定できなかった。8名が対象となったが全員自由歩行速度が介入前後で向上した(p<0.01)。12週間の練習で両脚支持期における足底屈筋の活動活性化に有意差を認めた(p=0.016、中央値0.07)。腓腹筋と後脛骨筋は有意に向上した。ヒラメ筋は有意差はないが向上はしていた。8名中7名で足底屈筋が関与する下肢加速度の改善化がなされた(ただし、統計上有意ではない)。足底屈筋の活動活性化による膝関節屈曲加速度は大いに介入前後で改善した(p=0.04;中央値-816.65)。
​ 膝屈曲角度と底屈筋の活性化の変化量とで相関を認めた(p=0.01, R2=0.71)。シミュレーションでの底屈筋活性化と膝屈曲角度も相関(p=0.03, R2=0.75)。底屈筋の作用で起こる下肢の加速と歩行速度も相関した(p=0.06, R2=.46)。底屈筋全体の変化量と速度も相関した(p=0.002, R2=.82)。

考察

 シミュレーションがうまくいったことにより、足底屈筋の活性化が図られ、介入前後で種々の数値が向上している。脳卒中患者では、麻痺側の足底屈筋がうまく働かず、膝屈曲が減少し足部クリアランス不良の原因となっている。このFastFESをpre-swingで底屈筋にうまく用いることで改善がなされる結果となった。
 脳卒中患者ではヒラメ筋の働きが重要であると言われている。今回の被験者も介入前は底屈筋の活動として両脚支持期に正常とは言えない不適正な加速がなされていた状態だった。これが改善されることで前方への推進力向上につながり、当然歩行速度のアップに寄与したものと考える。先行研究でも麻痺側下肢の底屈不足が前方への推進力不足を生み出していると報告していて、本研究結果と合致している。
 筋骨格モデルをシミュレーションし、分析も含め、適正化を図ることで適切な時期に介入できて改善につながった。速さを追求した場合、トレッドミルを高速モードにして行う考えが浮かんでくるが、それに伴う筋の活性化がどのタイミングでどのように行われるのか、それをシミュレートしているため、それを同期させることで床反力の使い方に改善が生じ、歩行速度の向上に寄与していると考える。
 今回の研究結果では、高速トレッドミルの要素、FESの要素を分けて考えるのは困難だが、いずれ足底屈筋に焦点を当てることは理にかなうと思われる。

結語

 作動型シミュレーション介入を脳卒中で初めて施行した。筋骨格シミュレーションがこれらに関して、臨床上有益であると考える。シミュレーションすることで、適切なタイミングで刺激することができた。足底屈筋の活動向上が下肢の前方への加速を生成し、歩行速度向上に結びつくことがわかり、これらを歩行介入に応用していくことが期待される。

【解説】

 本論文は慢性期脳卒中患者に対して、高速設定したトレッドミル歩行練習とFESを用いたコンビネーション介入である(本文ではFastFESと称している)。注目しているのはpre-swingにおける足底屈筋で、それに刺激を加えることにより、前方への推進力活性化を促進し、最終的には歩行速度向上に寄与するかどうか検証したものとなっている。ユニークなのは筋骨格モデルを用いて、シミュレーションし、効果の検証や介入時における刺激のタイミングなどを設定しているところである。
 結果としては、検証できた8名中7名に、足関節底屈筋の活動活性化が認められ、足部推進力(床反力活用)が向上、膝屈曲の加速度・角度向上につながったと報告している(統計学的有意差あり)。
 もともと、FESは足関節のクリアランス改善のため、足関節背屈不足に重点が置かれていた。いわば、足底屈を犠牲にする旧来式のAFOと類似する観点である。ところが、推進力を生み出す足底屈に焦点を当て、前方推進力、膝屈曲拡大を引き出す考えが普及し始め、それに着目したFESの使用がこの研究の背景となっている。それも、筋骨格モデルをシミュレートして証明している。
 ただし、歩行速度の変化・改善に合わせ、刺激のタイミングを変化・連動させるところが難しく、まだトレッドミル上で一定の速度に依拠する形でなければ使いづらい欠点はある。これをどのように克服していくかが今後の課題である。
 FES自体は、筋に直接電極を埋め込んでいた時代から、体表面に電極を用いたもの(フットスイッチ付き)、現在はブレースタイプのワンタッチ型のものが出てきている。
 これら結果から、足背屈をバネ等で助ける装具が存在するように、足底屈を援助する簡便な装置の普及が必要かつ重要視されてくると思われる。

【参考文献】

  1. 髙見彰淑:片麻痺歩行障害の理学療法スタンダード.理学療法ジャーナル 45(10), 869-875, 2011.

2013年07月04日掲載

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