身体自己意識の空間的視点

Bigna Lenggenhager, Michael Mouthon, Olaf Blanke:Spatial aspects of bodily self-consciousness.Consciousness and Cognition 18 (2009) 110-117

PubMed PMID:19109039

  • No.1410-1
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    人間健康科学研究科
  • 掲載:2014年10月7日

【論文の概要】

背景

 日常生活では、身体と自己意識は空間の一つの位置に統一されている。身体は常にあり、知覚の分離した対象ではないため、身体自己意識はどの感覚機能が手がかりになっているのかについて、経験に基づく研究では証明が難しい。しかし、体外離脱体験(Out-of-body experience:OBE)などのような特異な状況では、自己の身体を見ている位置とは違うが視覚的知覚の起こった場所に自己が位置するようになる。Lenggenhagerら1)は、ラバーハンド現象(Rugger hand illusion: RHI)と同様な方法を全身に拡大させた。彼らは被験者にヘッドマウントディスプレイ(Head mounted display: HMD)を装着し、そこに被験者の背部を映した映像を流した。さらに被験者の背部を叩き、触覚刺激と背部を叩く映像を同期すると、身体が前方へ移る錯覚をしたと報告した。しかし諸家の報告では、測定肢位や質問様式、行動測定が異なり直接的な比較ができない。

目的

 本研究の目的は、OBEの起こる頻度の高い腹臥位で10問の質問項目、mentally imagine a ball(MBD)を用いてOBEを実施し、それに伴う自己の位置を測定することである。

方法

 対象は右利き健常男性21名(平均年齢24.2歳±標準偏差6.3)とした。対象者は腹臥位となりHMDを装着し、そこに2m後方から対象者の背部映像を映し、左手にボール、右手に反応ボタン装置を把持した。検査者は、2分間対象者の胸部(胸部刺激条件)もしくは背部(背部刺激条件)に木製のスティックで叩打刺激を与えた。さらに2条件とも映像と同期した条件(同期条件)と録画映像条件(非同期条件)を映像としてHMD上に映した。その後、検査者は対象者に合図し、対象者はボールが手から離れる瞬間から床に落ちる瞬間を想像し、それぞれの瞬間に反応ボタン装置を押した(時間差=MBD時間)。ベースラインとして実験前後に目隠しかHMD装着下で叩打刺激をしない条件を実施した。実験条件後、対象者に10問の質問項目に回答してもらった。

結果

10問の質問項目
 関連項目は相関分析により、(A)視覚により引き起こされた出来事の知覚(Q1,Q8)、(B)視覚的仮想身体の生起(Q3,Q7)、(C)OBEに関連した経験(Q2,Q9,Q10)の3つに分類された。同期条件では叩打刺激によりディスプレイ上の自己の位置ではなく、映像を見ている場所で叩打されているように感じた(Q1,Q8,Q10)。背部刺激条件ではHMD上の仮想身体位置と一致したように感じ、一方で胸部刺激条件では別人を映像で見ているように感じた(Q3,Q7)。前庭機能からくる感覚が胸部刺激の同期条件で主にみられた(Q9)。

MBD
 背部刺激条件では、非同期条件と胸部刺激条件に比べ、MBD時間は短縮した。刺激条件と同期条件の交互作用に主効果を認め、多重比較検定では背部刺激条件において同期条件と非同期条件で有意な差を認めた。胸部刺激条件では同期条件と非同期条件で有意差はなかった。ベースラインの測定では、目隠し条件では実験前後でMBD時間に有意差はなかったが、HMDあり条件では、実験後MBD時間と実験前MBD時間および目隠し条件の実験後MBD時間に有意差がみられた。

考察

 本研究はMBDを用いた自己の位置の反復測定と質問項目を用いて、健常成人に対して多感覚入力を行い身体自己意識の操作を行った研究である。本研究より、まず映像と同期した背部刺激条件では、自己意識が強まり映像で見ている自己の身体に触れられる錯覚を生じた。また映像と同期した胸部刺激条件では自己意識が薄れ錯覚も減少した。次に同期条件では、胸部・背部刺激条件とも身体の自己意識が変化した。本研究の条件によりOBEのような錯覚を生起することができた。
 Ehrssonら2)も同様に胸部刺激条件では、自己意識が薄れ他者を見ている錯覚があったと報告しており、前庭機能(耳石)からの異常な自己の位置情報が身体・自己表現を妨害していることを示している。また同期条件に比べ非同期条件では体性感覚による身体表現が優位となり、自己身体は自己と外界を区別する最も信頼できる体性感覚入力に基づいていることが分かった。
 MBDでは一部の条件で自己の位置が変化したが、胸部刺激条件では同期・非同期条件間で有意差はなかった。これには様々な理由があるが、胸部刺激条件は映像の視覚的刺激と叩打刺激の同期に技術を要すること、腹臥位での胸部への刺激は不自然で混乱を招いたことが考えられる。また、実験開始の時すでに自己の身体映像をHMD上(前方)に映しており、自己の位置はその視覚的知覚の起きた位置のまま保持されていたことが、胸部刺激条件でMBD時間差がより長かった結果を支持している。
 先行研究では様々な測定指標を用いて自己の空間的位置を測定しており、これらの身体自己意識の測定指標がどのように関連しているのか、また自己の位置や自己意識などの異なる視点がどのように関連しているのか、さらなる検討が必要であろう。

【解説】

 本研究は、OBEを用いて身体自己意識の操作を行い、自己の位置変化と主観的変化を測定した研究である。OBEはRHIのように視覚と体性感覚情報を操作することで錯覚を生じさせる方法で、対象者の背部を映像として映す特異的な状況と映像の自己と映像を見ている自己に同期した触覚刺激(叩打刺激)を与えることで身体自己意識が変化することを本研究により科学的に証明したといえる。このOBEの方法は全身の自己意識を操作しており、もし、この方法で脳血管障害や整形外科的疾患患者を対象とした時、姿勢制御に変化が起こるとすれば、RHIのような部分的な方法よりもよりダイナミックな姿勢制御の変化が期待できる。しかし、OBE実施時の姿勢反応については言及されておらず、今後の追試が待たれるだろう。

【参考文献】

  1. Lenggenhager B, Tadi T, Metzinger T, & Blanke O. (2007). Video ergo sum: Manipulating bodily self-consciousness. Science, 317(5841), 1096-€1099.
  2. Ehrsson H H. (2007). The experimental induction of out-of-body experiences. Science, 317, 1048.

2014年10月07日掲載

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