直流前庭刺激は無視における病的な右方線分二等分の誤りを減少する -偽刺激対照試験

Kathrin S. Utz,Ingo Keller,Mareike Kardinal,Georg Kerkhoff:Galvanic vestibular stimulation reduces the pathological rightward line bisection error in neglect-A sham stimulation-controlled study.Neuropsychologia49(2011)1219-1225

PubMed PMID:21371483

  • No.1410-2
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    人間健康科学研究科
  • 掲載:2014年10月7日

【論文の概要】

背景

 過去の研究において、空間無視に対する治療法は複数報告されている。その中に、カロリック前庭刺激(Rode,Perenin,Honore&Boisson,1998)は、線分二等分を含む複数の無視症状を変化させるという報告がある。カロリック前庭刺激は前庭系を賦活し、その結果として一時的な半側空間無視に関わる障害の改善を導くものの、しばしば目眩や眼振を伴った。より簡便な前庭刺激が非侵襲性の直流前庭刺激(galvanic vestibular sitimulation;GVS)である。
 本研究では、(1)無視のない右大脳半球損傷患者と比較し、無視のある右大脳半球損傷患者の線分二等分の右方への異常な偏倚がGVSのよって変化するか、(2)異なる極性(左陰極と右陰極)のGVSの効果(3)偽刺激(sham刺激)は効果を持つか、について検討する。

方法

 対象は、右大脳半球の脳血管障害患者6名で無視のスクリーニング試験を6つ組み合わせた結果により視覚的な無視を伴うものと、同様の試験で無視がないと判断された11名の右大脳半球損傷患者とした。
 本実験で用いる線分二等分試験(Schenkenberg,1980)は、0.297m×0.21mの白い紙に、17本の異なる長さの線が左と中央と右の3カ所に5本ずつ位置する。最初と最期の2本は教示に用いる。静的な両眼視野測定は、特別なソフトウェア(EyeMove;Kerkhoff&Marquardt,2009)を用いて、同名の視野欠損を試験するため全ての患者に実施した。
 GVSはそれぞれの患者に異なる3つの刺激を行った。1つ目の条件は左乳様突起に陰極を、右乳様突起に陽極を貼付する(左陰極GVS)。2つ目の条件は電極の割り当てを逆転させた。(右陰極GVS)3つ目の条件は、左陰極刺激と同様の電極位置を用いた偽刺激(placebo刺激)で構成される。偽刺激は他の条件と同様に1.5mAの強度で刺激を10秒間行い、再び電流を減少させる。経頭蓋直流電気刺激(tDCS)の先行研究では、同様の方法で対象者が実刺激か偽刺激か区別することが出来なかったと報告している。
 測定手順として、全ての患者を異なる4つのセッションに分けて検査した。1つ目のセッションは、無視と視野の評価を行った。さらに基準となる線分二等分課題を評価した(Baseline)。2つ目から4つ目のセッションは、3つの刺激条件(左陰極GVS,右陰極GVS,偽刺激)のうち1つを無作為に割り当て、線分二等分課題を行った。2つ目から4つ目のそれぞれのセッションは、持ち越し効果を防ぐため、少なくとも1日以上GVSを実施することなく間隔を空けた。
 統計解析は、フリードマン検定を用いて、(1)4つの実験条件、(2)独立した2つの患者群、(3)無視患者の左・中央・右の試験シートにおける線分の位置について、線分二等分課題の中央からの偏倚について、平均の差の検定を行った。

結果

 4つの実験条件の比較では、無視患者は左陰極GVSと右陰極GVS中の線分二等分課題の右方への偏倚がBaselineと比べて小さくなった。また、左陰極GVSに比較し、右陰極GVS中の線分二等分の誤りがより減少した。
 無視患者における線分位置の違いの検討として、検査シートの右側に位置する線分二等分課題の結果が、Baselineと比較して左陰極GVS、右陰極GVS、偽刺激において有意に改善した。

考察

 なぜ右陰極GVSが左陰極GVSと比べてより有意に異常な線分二等分の誤りを減少させたかについて、Finkら(2003)は線分二等分課題を行っている間に、健常者において右陰極GVSでは左陰極GVSと比較して右頭頂葉後部がより賦活していると報告した。右大脳皮質の前庭系は右利きの健常者において、より著しく連結される(Brandt&Dieterich,1999)とされており、右陰極GVSが選択的に右大脳皮質の前庭系を賦活したとすると、右陰極GVSが左陰極GVSと比較し、右大脳半球におけるより大きな賦活を引き起こしたと、推察することが出来る。
 偽刺激が右側に位置した線分二等分課題を改善した理由については、不明確であり、さらなる研究が待たれる。もしかすると、偽刺激の最初の40秒間における短い間のわずかな電流量が短い前庭刺激となり、右方に位置する線分二等分の誤りを減らすのには十分だったのかもしれない。

結論

 我々の研究は、無視を伴わない右大脳半球損傷患者ではなく、無視を伴う右大脳半球損傷患者に対して、一回のGVSが選択的に線分二等分における異常な障害と同側への偏倚を、一時的ではあるが有意に減少させることを明らかにした。将来的な研究において、空間無視患者における長期的な改善について反復的なGVSの治療効果の可能性を研究する必要がある。

【解説】

 直流前庭刺激(Galvanic Vestibular Stimulation;GVS)は両側の乳様突起に電極を貼付し、微弱な直流電気により前庭系の刺激を引き起こす方法である1)。刺激には経頭蓋直流電気刺激(transcranial Direct Current stimulation;tDCS)に使用する機器を用いる。
 GVSは卵形嚢の求心神経の発火を増加させ、有毛細胞のアライメントの不均衡を起こし、通常陰極側への加速を示す最終的な反応を起こす2)とされ、前庭器官への与える効果の検討が中心になされてきた。さらに近年の脳機能イメージング研究3)により、GVSが複数の大脳皮質領域を賦活する可能性についても報告されている。また、半側空間無視患者が多く損傷される頭頂葉後部とGVSが選択的に賦活するとされている領域が類似している3)ことから、本研究の他にも、半側空間無視を呈する脳損傷患者へのGVSの応用を検討する研究が複数報告されている。
 結語にも述べられているように、一時的な効果以外に反復することで長期的な効果が得られるか、その他にも20分間の刺激時間が適切かどうか、効果のある電流の強さはどの程度か、安全性の確保など、GVSの研究課題は多い。現在は発展途上の研究領域ではあるが、経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation;TMS)など他の非侵襲的な脳刺激方法と比較し、刺激に用いる機器は小型で(W×D×H:135×255×55mm)、操作も容易であり、電気刺激と訓練を組み合わせるなど、リハビリテーションへの応用が期待される。

【参考文献】

  1. Kathrin S.Utz et al:Electrified minds:Transcranial direct current stimulation(tDCS)and Galvanic Vestibular Stimulation(GVS)as methods of non-invasive brain stimulation in neuropsychology-A review of current data and future implications.Neuropsychologia 48:2789-2810,2010
  2. Richard C. Fizpatrick and Brian L. Day.:Probing the human vestibular system with galvanic stimulation. The American Physiological Society 96:2301-2316,2004
  3. Fink,G.R et al:Performing allocentric visuospatial judgements with induced distortion of the egocentric reference frame:An fMRI study with clinical implications.

2014年10月07日掲載

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