高齢者の低頻度の日常歩行活動と(記憶・認知を司る脳の)海馬体積との関係について

Varma VR, Chuang YF, Harris GC, Tan EJ, Carlson MC: Low-intensity daily walking activity is associated with hippocampal volume in older adults.Hippocampus. 2014 Dec 7. doi: 10.1002/hipo.22397. [Epub ahead of print]

PubMed PMID:25483019

  • No.1501-2
  • 執筆担当:
    鹿児島大学医学部
    保健学科理学療法学専攻
  • 掲載:2015年1月9日

【論文の概要】

背景・目的

 身体活動(Physical activity)はアルツハイマー病発症リスクを減少させるという報告や、身体活動の高い人は認知機能が正常であるなどの身体活動の有効性を示した疫学調査の報告はたくさんある。また、脳の海馬の萎縮は、記憶障害と認知症に関連があるとされ、アルツハイマー病の症状発症前の早期診断の鍵となるバイオマーカーとして有効かもしれないとの報告もある。それゆえに、海馬の良好な所見は、認知機能が正常であることや認知障害発症の遅延など治療的戦略になりうる可能性があることが示唆されている。
 身体活動についてさまざまな見解があるが、一般的にいわれる身体活動の定義は広い(運動:exerciseとは休息時よりもエネルギー消費が多い、とこれまた定義が曖昧である)。これらの活動には運動ではないレジャー(余暇)活動や生活スタイル活動(ウォーキングやガーデニングなど)、IADLs(手段的日常生活動作)も含まれており、概して低頻度の部類である。既にいくつかの報告でこの低頻度の身体活動は特に高齢者の認知機能に有益ありと示されている。
 しかし、脳(海馬)の構造とこの低頻度の身体的活動の因果関係はまだ研究されていない。そのため、今回は高齢者の海馬の体積と日常生活の活動について検討した。

方法

 60歳以上、ミニメンタルステート検査(MMSE)24点以上(30点満点の検査で24点以上は認知症の疑いがなく正常とされている)、識字レベルの6段階以上、かつ右効き、ペースメーカ保有者でない、体内に金属を入れていない、脳腫瘍や脳動脈瘤・脳卒中の既往のない対象者123名を抽出し、MRI・日常歩行評価不能者を除き最終的に92人の対象者を検討した。歩行活動は、SAMという足関節に装着する機器を用い、1分間ごとの歩行数を測定した。低頻度は1分間0~100歩以内とし、中等度・高頻度は1分間100歩以上とした。海馬の体積は、MRIで撮影し先行研究に沿って定量を行った。

結果

 肥満(BMI30以上)が56.52%、高血圧症が72.53%と高い割合を占め、認知・身体機能面での危険性をもった属性であることがわかった。また、女性の肥満率が男性よりも有意に高く、その他の社会統計や健康特色には男女間の有意差はみられなかった。一日10,000歩以上の活動性の高い人は全体の12%しかおらず、中強度の活動が一日30分以上ある人は対象者におらず、一回の歩行が10分以上もしくは1000歩以上の活動性の高い人も対象者にはいなかった。またこれらの結果に男女差はみられなかった。しかし、活動性の低い人や運動に関連したカロリー消費の少ない人の割合は、男性と比較し女性の割合が有意に多かった。また、海馬・視床体積や頭蓋内体積は男性に比較し、女性が有意に小さい結果となった。一日の総歩数、一日の総歩数時間、一日の総仕事量はBMIと高い相関が女性のみみられた。
 頭蓋内体積、年齢、教育歴、BMI、心血管疾患、MMSE、一日の歩数量が女性で海馬領域体積の大きさと強く相関がみられた。特に女性で、年齢が高くなると脳の領域(海馬や視床)の容量は小さくなり、運動量が多いと海馬の体積も大きいことが今回の結果から得られた。
 また、筆者らは日常生活活動量と記憶機能(RAVLTを使用)の相関を調べたが、両者に有意な相関はみられなかった。

考察

 今回の結果より、日常的な活動量の高さは海馬体積の大きさと有意な相関があることが女性のみでみられた(認知症を発症しておらず、中高年層のサンプルで)。この効果は平均した海馬体積の0.2-1.4%の効果を得られ(平均して0.2-1.4%体積が大きかった)、これは健常高齢者の海馬萎縮は0.8-2.0%との報告があるので、低頻度の日常的な活動が認知機能面の維持と認知症へのリスクを減らしている可能性が示唆された。ヒトの先行研究でも、中程度の運動や有酸素運動は海馬体積と相関がある報告がある。また、動物を用いた研究でも、運動が脳血流量や新生血管を増やし、神経栄養因子の促進により神経発生が促進されるのではないかと報告がある。また、運動(exercise)でなくても、日常的な活動(lifestyle physical activities)でも認知機能の維持には十分に有益であり、効果があるとの報告も多数ある。低頻度の歩行活動(筆者らは、特別な運動としての運動ではなく、日常生活活動上で行う歩行のことを低頻度の歩行活動と言っている)は、機能的な活動(バス停までの歩行や買い物、孫の子守など)とも関連があるかもしれない。中等度~高頻度の歩行活動や運動は、年齢や教育歴、心血管疾患、BMIやMMSEと同様、海馬の体積と高齢者で密接な関係があるとの報告は既に何人かの研究者が報告しているが、低頻度の歩行活動は、年齢や教育歴・心血管疾患・BMI・MMSEとは独立した(これらの項目と海馬に関連性はない)海馬の体積と関連はあると述べている。よって、低頻度の歩行活動量の増大が脳の健常化に有益であることを示し、特に高齢者では、機能的衰弱や障害の危険性が増し、中等度の運動は出来ないかもしれない(→低頻度の歩行活動があるということは、日常での機能が維持できており運動等もできるが、この低頻度の歩行活動が低いということ自体が日常生活の活動や運動の障害因子となる)。

まとめ

 今回の研究は、認知症でない地域在住中高年者において、日常的な歩行活動と海馬体積に相関があると報告した最初の論文である。日常生活歩行活動の頻度の低さと海馬体積には有意に相関があったが、中等度~高頻度の歩行活動や自己申告の運動とは相関はみられなかった。日常的な歩行活動の少しずつの積み重ねが効果があることを示唆しているのではないかと思われる。

【解説】

 定期的な運動(ウォーキングやジョギング等)が認知症の予防になるとの報告はいろいろな媒体でみかけるようになったが、その科学的根拠は意外と多くない。海馬は神経細胞豊かで主に記憶の中枢である。アルツハイマー病の早い段階で海馬の神経脱落が起こる可能性が高く、その後海馬全体の萎縮も起こってくる(100%のアルツハイマー病の患者さんには当てはまらないが高い確率で起こりやすい)。このような背景をもとに、本研究は運動と海馬体積の相関を検討した興味深い論文である。また、運動の種類も私たちが通常提供する個別での運動プログラムや頻度・強度を設定してのプログラムされた運動ではなく、日常生活上での活動量(歩行に特記して)に着目しているところも、より生活に近いイメージの活動を指標に出来るので特別感が少なく良いところである。しかし、対象者の大多数がアフリカンアメリカン(アメリカに住んでいる黒人)であり、生活習慣・身体的特徴を含めた背景が若干日本人とは異なることが大きいので、その点は考慮しなければならない。本文中でも述べているが、対象者がMMSE24点以上と若干の認知症ボーダーラインの対象者も含まれており、今後より母数を大きくし、活動量・MMSEの点数分布別・海馬体積等でより細分化して検討できれば、もっと有益なものになると思われる。

【参考文献】

  1. Sabuncu MR, Desikan RS, Sepulcre J, Yeo BT, Liu H, Schmansky NJ, Reuter M, Weiner MW, Buckner RL, Sperling RA, Fischl B; The dynamics of cortical and hippocampal atrophy in Alzheimer disease. Arch Neurol. 68(8) 2011:1040-8.
  2. Josephine Barnesa Jonathan W. Bartlettb, Laura A. van de Polc, Clement T. Loyd, Rachael I. Scahilla, Chris Frosta, b, Paul Thompsone, Nick C. Foxa. A meta-analysis of hippocampal atrophy rates in Alzheimer's disease. Neurobiology of Aging. 30(11) 2009,1711-1723

2015年01月09日掲載

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