運動は、年取ったマウスの学習効果と海馬の神経新生を促進する

van Praag H, Shubert T, Zhao C, Gage FH:Exercise Enhances Learning and Hippocampal Nuerogenensis in Aged Mice. J Neurosci. 2005 Sep 21;25(38):8680-5.

PubMed PMID:16177036

  • No.1509-2
  • 執筆担当:
    鹿児島大学医学部
    保健学科理学療法学専攻
  • 掲載:2015年9月1日

【論文の概要】

背景・目的

 老化(Aging)は、脳の海馬にさまざまな機能的な変化をもたらす。老化によって記憶力の低迷があげられ、これまでの研究から高齢者の脳では、海馬の委縮やシナプス結合部の衰退、可塑性の低下などが言われている。運動は、これらの老化による負の影響を予防できるかもしれない。運動の有効性は、これまで老若問わず研究されている。
 今回は、高齢マウスで運動により学習面と神経新生を改善できるか検討することにした。

方法

 3か月齢と19か月齢のC57BL/6マウス(特殊なマウスではなく一般的なマウス)を対象とし、非運動群と運動群に分けた。C57BL/6マウスの寿命の中間値は26か月齢であるため、3か月齢マウスは若齢群、19か月齢は老齢群とした。運動は、トレッドミル等のような強制的な運動ではなく、自発的な運動とした。
 実験開始から7日間、BrdU腹腔内投与を行い、実験開始35~39日間に学習テスト(今回はモリス迷水路テスト)を行い、実験開始45日後にすべてのマウスの脳を摘出した。

※Bromodeoxyuridine (BrdU)は、細胞周期の S 期において新たに合成された DNA に取り込まれる物質です。細胞分裂するためには必ずDNAを複製させるので、なにかが細胞分裂を起こす(細胞が新しく作られる)ときには必ずS期があります。そのため、BrdUが発現するということは、新しく細胞が増殖したとこいうことになります。

結果

 マウスの自発的運動量は、若年群:4.9±0.2km/日、老年群:3.9±0.1km/日で、老年群が少ないが有意差はなかった。
 モリス迷水路テストの結果、遂行時間においては、老年非運動群は他の群に比較して有意に時間がかかっている、すなわち台を探すのに時間がかかっている(学習効果がない)。また、移動距離については、老年非運動群は他の群に比較して有意に距離が長い、すなわち台を探すのに時間がかかっている(学習効果がない)。つぎに、速さは、老年非運動群が有意に遅い、すなわち身体能力が低い(体力がない)。ターゲットゾーンにいる時間については、若年運動群は他の群に比較して滞在時間が長い、すなわち台を的確に探している(学習効果が強い、賢い)ということがわかる。
 新生神経細胞は、海馬の歯状回におけるBrdU細胞数や神経細胞やアストロサイトの割合、体積を検討した結果、運動によって新生細胞数は有意に増え、かつ細胞数が、若年非運動群と老年運動群で変わらないことから、年をとっても運動することで新生細胞促進されることがわかった。また、顕微鏡による形態学的観察結果より、若年・老年運動群間に神経突起上のシナプス棘(Spine)は良好な(Fine)形状を示し、形態学的違いはみられなかった、これは、年に関係なく新しく生まれる神経の初期成熟を表している(=年に関係なく、新しい神経細胞は一緒であるということ)。また、歯状回の微小血管も若齢で運動すると有意に血管の太さ・表面積ともに増加しており、運動の有効性が示された。

考察

 今回の研究は、老齢マウスで運動により認知機能面や神経・血管新生が増大するかどうか検討した。歳を取っても運動したマウスは、学習効果もあり、海馬の神経新生も同齢の運動していないマウスと比べて増えており、運動の有効性がみられた。しかし、海馬(歯状回)での新生血管については、若い運動したマウスは同齢の運動していないマウスと比べて有意に血管の太さ・表面積ともに増えたが、年を取ったマウスは運動の有無により差はみられなかった。また、自発運動量は、若い運動しているマウス、年を取った運動しているマウスともに年齢の差なく差は見られなかった。運動介入効果については、先行研究でも賛否両論であるが、介入方法に違いがあり、自発運動介入を行った研究は、有効性を示す結果が多い。今回も自発運動を行っており介入効果があったといえる。活動性が向上したことと学習効果の向上は直接的な関係はなく、今回の認知面での学習テスト結果でも、運動介入群は良好な結果が得られたが、アプローチすることで身体をすぐに活動しやすくなるため、結果として良好な結果が得られたのではないだろうか。また、運動や豊かな環境下では、新しい細胞が増えるとの多数の先行研究の結果がある。今回の結果でも、BrdU陽性細胞は、若い運動したマウスで有意に増加した。老齢マウスでも運動した群では、運動していない群と比較して有意に増加した。これより、年をとっても運動により新しく細胞が作られることがわかった。しかし、新しく細胞が出来たからといって一概に良好な結果ではなく、神経新生がどのくらいの割合かということが大切である。神経突起上のシナプス棘も、年齢に関係なく運動することで良い形状がみられた。歳を取ったマウスの運動の有無の違いは検討していないが、若いマウスでは運動の有無によりシナプス棘の密度は変わらないと言われている。

まとめ

 若いマウスでは、運動によって海馬の神経新生の増加や学習改善される、と先行研究で言われているが、年を取ったマウスではどうか、今回検討した。学習効果はモリス迷水路でテストした。歳を取ったマウスの運動群は、同齢運動していない群と比較して迷水路でより取得が早く(学習効果が早い)、保持(学習効果維持)もよかった。歳を取ったマウスの神経新生の衰弱は、運動することで、若いマウスの運動していない群の50%保持した。さらに、若いマウス・歳を取ったマウスの運動した群の間に新しい神経細胞の良好な(Fine)形態学的違いはみられなかった、これは、年に関係なく新しく生まれる神経の初期成熟を表している(=年に関係なく、新しい神経細胞は一緒であるということ)。それゆえ、自発的な運動は、老化によるいくつかの有害な形態学的かつ行動学的な結果を改善する。

【解説】

 脳は可塑性に富んでおり、損傷された神経細胞自体は生き返ることはないが、周りの神経細胞やシナプス接合部が機能を代償し、代わりとなる神経回路を再構築する。それに連れて神経など構造体も新生される、と言われている。老化が進むにつれて、細胞自体の機能も衰え、可塑性も遷延される。しかし、運動をすることでその衰弱を抑制できるのはないか、ということを証明したのが本研究である。高齢化が進み、どのように認知的・身体的にも老化を抑制するかは検討課題であり、運動の介入効果もさまざまなところで提唱されている。今回の結果からも、歳を取ってからも運動することで学習効果は得られるし、脳内でも神経新生が起こることが証明されたので、やはり運動には一定の効果があるということが言える。運動の種類や頻度、強度により効果はさまざまであり、疾患を呈していればその疾患に合わせたプログラムが重要となってくる。一概にこの運動は良い!と断言はできないが、今後運動を細分化し、効果を検証することが、我々理学療法士が日頃行っている理学療法のエビデンス確立につながると思う。

【引用・参考文献】

  1. Nam SM, Kim JW, Yoo DY, Yim HS, Kim DW, Choi JH, Kim W, Jung HY, Won MH, Hwang IK, Seong JK, Yoon YS. Physical exercise ameliorates the reduction of neural stem cell, cell proliferation and neuroblast differentiation in senescent mice induced by D-galactose.  BMC Neurosci. 2014 15(116)
  2. Nascimento CM, Pereira JR, de Andrade LP, Garuffi M, Talib LL, Forlenza OV, Cancela JM, Cominetti MR, Stella F. Physical exercise in MCI elderly promotes reduction of pro-inflammatory cytokines and improvements on cognition and BDNF peripheral levels. Curr Alzheimer Res. 2014 11(8):799-805.
  3. E L, Burns JM, Swerdlow RH. Effect of high-intensity exercise on aged mouse brain mitochondria, neurogenesis, and inflammation. Neurobiol Aging. 2014 35(11):2574-83.

2015年09月01日掲載

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