小児の複合性局所疼痛症候群における恐怖と報酬の回路の変化

Simons LE, Erpelding N, Hernandez JM, Serrano P, Zhang K, Lebel AA, Sethna NF, Berde CB, Prabhu SP, Becerra L, Borsook D. Fear and Reward Circuit Alterations in Pediatric CRPS. Front Hum Neurosci. 2016 Jan 19;9:703.

PubMed PMID:26834606

  • No.1609-1
  • 執筆担当:
    畿央大学健康科学部理学療法学科
  • 掲載:2016年9月1日

【論文の概要】

背景

 慢性疼痛において、情動に関与する扁桃体や海馬、側坐核、島皮質、前帯状回、前頭前野などの多くの脳領域に機能的および形態学的変化が起こることが示されている。そしてこれらの変化は、痛み関連恐怖心(pain-related fear: PRF)と表現され、痛みに対する恐怖心は、痛みの増悪と強化において重要な過程と考えられている。PRFは、慢性疼痛に対する行動学的適応の変化と深く関連しており、複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)として知られる神経障害性疼痛患者では、しばしば障害側の身体に対し、使用の回避や無視をする現象が認められる。この結果として、PRFが維持、強化される可能性がある。

目的

 本研究は、小児CRPS患者を対象に、恐怖表情の画像を使用して、ヒトの恐怖に関連した脳領域の神経回路の変化について検証することを目的とする。

方法

 8歳から20歳までのCRPS患者20名を対象とした。被験者には、実験前4時間以上の鎮痛薬使用を控えた者、下肢CRPS経験者、平均した痛み強度が11段階のNumerical rating scaleで5を超えている者が含まれた。そして、CRPS群の性別および年齢と一致させた健常群を採用した。情動表情パラダイムでは、被験者に、女性または男性の幸せな表情、恐怖の表情、中性の表情で構成される各6枚のグレースケールの表情刺激を同じ表情が連続しないように擬似ランダムにて200ms提示した。そして、同時に画像観察中の脳活動をfMRIにて測定した。そして測定直後、被験者は表情のpositiveとnegativeの度合いと表情の興奮度合いを評価した。また、Fear of Pain Questionnaireを使用して、痛みに対する恐怖を評価した。

結果

 痛みと痛みに関連した恐怖心について、CRPS群16名は、中等度から重度の主観的な身体の痛みを報告したが、PRFと痛みの強度には統計学的有意差は認められなかった。また、表情に対する評価において、表情のpositiveとnegativeの度合いでは、3種類の表情の種類による有意差が認められたが、CRPS群と健常群の間による違いは認められなかった。表情の興奮度合いについても、中性の表情と恐怖の表情との間に有意な違いが認められたが、2群間の違いは認められなかった。しかしながら、恐怖表情に関するfMRIの結果では、2群間で主観的な情動に有意な差は認められなかったにもかかわらず、健常群と比較し、CRPS群の恐怖表情に対する反応において、扁桃体、背外側前頭前野、島、線条体(尾状核、被殻)、前頭弁蓋、中前頭回の辺縁系および前頭6領域に活動性の有意な低下が認められた。さらに、健常群と比較し、CRPS群では活動性が有意に増加した領域は認められなかった。

考察

 今回のCRPS患者における脳活動減少の結果から、慢性疼痛患者の認知−情動に関与する脳の神経回路の機能不全の存在が示唆された。また、痛みに対する恐怖心が、これらの脳活動の変化に寄与している可能性も考えられる。今回の結果は、慢性疼痛患者における情動回路の変化を明らかにし、そして、PRFが重要な治療対象となる可能性が示された。

まとめ

 慢性疼痛は、明らかに生理学的、認知的、情動的側面の多面性を有する。本研究は、小児CRPS患者において、線条体や中内側扁桃体、前部島皮質でPRFによる発現または維持により出現する恐怖知覚に対する皮質辺縁系回路の反応の変化を示した新しいエビデンスを提供する。そして、恐怖知覚に対する脳活動の抑制は、持続的な痛み状態に関連した学習、記憶、注意の変化をも反映する可能性があり、臨床的に上昇したPRFは、一度形成した恐怖記憶に対する消去学習に抵抗性のある不適応な嫌悪学習を反映している可能性がある。

【解説】

 本研究は、慢性疼痛に苦しむ小児患者における恐怖知覚回路を評価した最初の研究とされる。結果は、CRPS患者の恐怖表情に対する反応において、扁桃体、背外側前頭前野、島、線条体などの辺縁系および前頭領域の活動性低下が認められ、これは痛みに関連した恐怖の増加とも関係することが示された。このことから、PRFの増加が、認知および情動に関わる回路を変化させ、慢性疼痛に寄与している可能性がある。そして、PRFが新たな治療対象として重要であることが示唆されたことは、慢性疼痛に対応する場合に有用な情報になると考える。

【参考文献】

  1. Pielech M, Ryan M, et al.: Pain catastrophizing in children with chronic pain and their parents: proposed clinical reference points and reexamination of the Pain Catastrophizing Scale measure. Pain. 2014; 155: 2360-2367.
  2. Simons LE, Pielech M, et al.: The responsive amygdala: treatment-induced alterations in functional connectivity in pediatric complex regional pain syndrome. Pain. 2014; 155: 1727-1742.

2016年09月01日掲載

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