サイクリング運動は脊髄小脳失調患者において脊髄回路の可塑性誘発と下肢筋協調性を改善する

Chang Y, Chou C, Huang W, Lu C, Wong A, Hsu M. Cycling regimen induces spinal circuitry plasticity and improves leg muscle coordination in individuals with spinocerebellar ataxia. Arch Phys Med Rehabil.96:1006-1013,2015

PubMed PMID:25668777

  • No.1611-2
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    安部 千秋
  • 掲載:2016年11月1日

【論文の概要】

背景

 脊髄小脳失調症(SCA)は常染色体優性遺伝の神経変性疾患であり、SCA患者は歩行時や立位時の失調、ジスメトリア、または四肢の失調を含む小脳症候群を示し、転倒リスクを増加させることが報告されている。失調症状を完治させる治療法は確立されていないが、リハビリテーションが失調症状の軽減に働くことや機能的な活動への参加が改善すると報告されている。一方で、リハビリテーションが協調制御に関与する神経回路の機能的再構築をもたらすかは明らかになっていない。
 協調的な運動には主動作筋と拮抗筋間の反射調節が要求される。H反射の2シナプス性の相反抑制およびD1抑制(シナプス前抑制)は拮抗筋への条件刺激によって観察可能である。失調症状がない場合には2シナプス性の相反抑制およびD1抑制が随意収縮中および下肢のペダリング運動中に調節されるとされている。いくつかの先行研究では、下肢のペダリング運動によって脊髄反射の抑制が観察された。また、健常成人のヒラメ筋H反射抑制が16-20分のペダリングの介入により認められたという報告がある。そしてこの抑制は運動介入後30分まで継続することも併せて報告されている。このヒラメ筋H反射抑制は2シナプス性の相反抑制およびD1抑制といった脊髄反射抑制が強化された結果であると仮定される。
 SCA患者やその他の中枢神経系の機能障害をもつ患者は主動作筋と拮抗筋間の反射調節の障害がみられている。しかしSCA患者において2シナプス性の相反抑制およびD1抑制の調節能が協調的な運動によるトレーニング後に回復するかどうかは明らかにされていない。

目的

 本研究の目的はSCAの有無で主動作筋と拮抗筋の相反的制御を比較することとSCA患者における主動作筋と拮抗筋の機能的な協調性と相反的な制御に対する4週間の下肢サイクリング運動の効果を検討することである。1つ目の検証は2シナプス性の相反抑制およびD1抑制がSCA患者と健常者間に差があるか。2つ目の検証は1回の介入でH反射の短期的な調節について両群間に差があるかどうか。3つ目の検証はSCA患者が長期介入を経て、健常者と類似したH反射の2シナプス性の相反抑制およびD1抑制による調節が見られるか、そしてパフォーマンスの改善が見られるかどうかである。

方法

 SCA群・非SCA群の各20名を対象に1セッション15分の運動介入を行った。長期介入は4週間行い、1週間につき3セッション試行する。主要評価項目は両群とも1セッションの運動介入前後にヒラメ筋に対して2シナプス性の相反抑制およびD1抑制の電気生理学評価を行った。電気生理学評価は共に脛骨神経刺激への試験刺激に対して腓骨神経刺激への条件刺激を用いた。試験刺激と条件刺激の刺激間隔は相反抑制を2ms、3msとしD1抑制については20msとした。また、SCA群を4週間の長期トレーニング群と非トレーニング群に10名ずつランダムに割り付けた。2シナプス性の相反抑制とD1抑制と運動失調の国際評価尺度(International Cooperative Ataxia Rating Scale:ICARS)は両群とも4週間後に評価を行った。

結果

  SCA群は非SCA群に対して2シナプス性の相反抑制およびD1抑制の減少が示された(P<0.001)。また、1セッションの介入後の抑制調節能力は障害されていた。しかし、4週間介入後の抑制調節能力は修復された(P<0.001)。さらに、ICARSも有意に改善した(介入前:13.5±9.81、 介入後11.3±8.74、 P=0.046)。

結論

 本研究結果は律動的な運動中に脊髄回路の短期間の適応的可塑性が失われることにより、SCA患者の2シナプス性の相反抑制とD1抑制が異常を示している可能性があることを示唆している。4週間の運動介入終了後、SCA患者における2シナプス性の相反抑制とD1抑制の調節は健常へ近づく傾向を示した。また、ICARSスコアはバランスや協調性の改善と関連していた。
 SCA患者に対する4週間のサイクリング運動は相反的な抑制の調節や機能的なパフォーマンスを正常化することができる。これらの知見は患者に対する協調的なトレーニングに応用できるだろう。

【解説】

 本研究では、SCA患者に対する下肢サイクリング運動が下肢の協調性を高めたと同時に2シナプス性の相反抑制とD1抑制が改善したことが報告されている。過去の研究においても健常者や多発性硬化症患者に対する下肢ペダリング後のH反射やPost-activation depressionを評価し脊髄レベルでの即時的変化を検討した報告1,2)がみられる。そのような検討が多い中で、本研究は長期効果を検討している点や、長期の運動介入をRCTにて検討した点に非常に高い価値があると言える。近年、運動介入の効果を検討する際には電気生理学評価の使用が増加している。より高いエビデンスを求める近年の理学療法には正確な評価が必要不可欠であり、神経学的な変化を捉えることも大切である。

【参考文献】

  1. Motl R.,Snook E.,Hinkle M.,et al.: Effect of acute leg cycling on the soleus H-reflex and modified Ashworth scale scores in individuals with multiple sclerosis.Neurosci Lett. 406:289-292,2006
  2. Sosnoff J.,Motl R.: Effect of acute unloaded arm versus leg cycling exercise on the soleus H-reflex in adults with multiple sclerosis.Neurosci Lett.479:307-311,2010

2016年11月01日掲載

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