血液透析患者の姿勢制御

Shin S, Chung HR, Fitschen PJ, Kistler BM, Park HW, Wilund KR, Sosnoff JJ. Postural control in hemodialysis patients.Gait Posture. 2014 Feb;39(2):723-7.

PubMed PMID:24189110

  • No.1612-1
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    田井 啓太
  • 掲載:2016年12月1日

【論文の概要】

背景、緒言

 慢性腎不全(CKD)は慢性炎症に特徴付けられる進行性障害で、CKD進行に伴う血液透析(HD)治療を実施する患者は急速に増えている。HD患者は心血管障害や骨塩量異常、筋異化作用等多くの併存疾患により身体機能・活動レベルが低下しており、転倒に関連する移動能力やバランス機能が損なわれる可能性がある。移動能力やバランス機能の低下は認知処理に影響されると報告されており、歩行や静的な姿勢保持での認知課題は運動パフォーマンスを下げ、これをdual task cost(DTC)という。HD患者において歩行中のDTCは健常者より大きいと報告されているが、静的姿勢保持でのDTCは明らかにされていない。  

目的

 本研究の目的は、静的バランス課題下でのDTCをHD患者と健常者で比較すること。

方法

 対象は歩行可能で週3回HDをおこなっている地域在住のHD患者19名(男性15/女性4, 年齢47.6±7.8)と年齢・BMIが同等で慢性疾患のない調査参加者19名(男性12/女性7, 年齢48.7±9.5)。
 年齢、疾患、糖尿病の状況はhealth history questionnaireを使用して調査した。姿勢制御を定量化するため、対象者はフォースプレート(AMTI, Inc.)上に立ち、最初の2試行を静的立位で、最後の2試行を認知課題下で測定した。認知課題の1試行目は野菜と果物の名前をたくさん言う意味論的な単語の想起課題を、2試行目はHから始まる単語をできるだけ言う音声上の単語想起課題を二重課題として実施し、それぞれの課題で想起された単語数を記録した。フォースプレートは3つの力学構成である左右方向の力(Fx)、前後方向の力(Fy)、垂直方向の力(Fz)と、3つの軸の瞬間的な成分Mx, My, Mzを記録した。足圧中心(COP)は前後・左右軸でそれぞれ計算され、平均の速さはCOPの各方向の合計をトータル時間で割って計算された。DTCはShin等によって作られたものをもとに妥当性が計算され、単一の課題と二重課題間での変化として定義された。
 解析にはSPSSが使用され、HD群とコントロール群を比較するために、カテゴリーが変数のものはχ2検定、連続変数のものは対応のないt検定がおこなわれた。 統計学的有意水準はp≦0.01で、効果量判定のためCohens’dが計算された。  

結果

 HD患者の原疾患は高血圧9名、typeⅡDM5名、typeⅠDM2名、腎炎1名、多嚢胞腎症1名で、透析患者とコントロール群で年齢、身長、体重、BMI、性別に差はなかった。
 HD患者はコントロール群と比較しDTCでの語想起数が減少していて、二重課題下で重心の移動量が増加した。静止立位でHD患者はコントロール群と比較し、重心移動量は大きく、前後・左右方向の移動速度は速く、前後・左右方向のroot mean square(RMS)は大きかった。グループの差のすべての効果量は0.98~1.65の範囲の大きさであった。 

考察

 年齢・性別・BMIが同等の健常者と比較し、HD患者は静止立位と二重課題下での静止立位で重心動揺が大きかった。HD患者の姿勢障害には認知機能が重要な役割を果たしているかもしれないと示唆された。HD患者においてDTCは前後方向に比べ左右方向で増加していた。先行研究で横方向への大きな動揺は高齢者において転倒を増加させ、二重課題下では高齢者の転倒時の障害発生を予測すると報告されている。本研究結果はHD患者の転倒リスク増加の可能性を示すかもしれない。
 HD患者においてリハビリテーションによる身体機能の改善は報告されているが、DTCパフォーマンス改善の結果は報告されていない。高齢者において、DTCはトレーニングにより改善されると報告されており、HD患者においてもトレーニングによりDTCは改善するかもしれない。

まとめ・結論

 HD患者は静止立位での重心動揺が大きく、RMSは前後・左右方向ともに大きく、重心動揺速度が速くバランス調節に障害がある。HD患者でDTCが大きく、特に左右方向で大きかったことは転倒リスクが高いことを示しているかもしれない。今後はHD患者のDTCを増加させる因子を調査し、DTCを減少させるための介入が必要である。
 

【解説】

 近年透析患者が急激に増加しており、透析患者の身体機能や生活状況について報告されるようになっている。血液透析患者は転倒発生率が高く、転倒により疾病率や死亡率が増加する1, 2)と報告されており、転倒の危険因子を把握することは重要なことである。また、血液透析患者の身体機能に関して筋力低下3)や運動耐容能低下4)に関する報告は多いが、バランス機能や認知機能に関する論文は少ない。本論文は静止立位時と認知課題下での静止立位時の重心動揺から、高齢者で転倒発生率を増加させるバランス機能の低下とDTCの増加をHD患者で明らかにしたという点で意義のある論文だろう。
 しかしながら、本論文はDTCやバランス機能と転倒発生の直接的な関連を調べていないため、DTC増加やバランス機能低下がHD患者の転倒発生率を高めるか、さらなる研究が必要である。HD患者の転倒危険因子は未だに明らかにされておらず、このようなデータを蓄積し、HD患者の転倒危険因子が明らかにされることが期待される。

【引用・参考文献】

  1. Cook WL et al: Falls and fall-related injuries in older dialysis patients. Clin J Am Soc Nephrol. 1(6): 1197-204. 2006.
  2. Astier M et al: Increased risk of hip fracture among patients with end-stage renal disease. Kidney International. 58: 369-399. 2000.
  3. Kirsten L et al: Muscle atrophy in patients receiving hemodialysis: Effects on muscle strength, muscle quality, and physical function. Kidney International. 63: 291-297. 2003.
  4. Johansen KL et al: Physical functioning and exercise capacity in patients on dialysis. Adv Renal Replace Ther: 6(2):141–148. 1999

2016年12月01日掲載

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