アルツハイマー病患者の認知機能に対する運動の効果:無作為化比較試験

Öhman H, et al. : Effect of Exercise on Cognition: The Final Alzheimer Disease Exercise Trial: A Randomized, Controlled Trial. J Am Geriatr Soc. 2016 Apr;64(4):731-8.

PubMed PMID:27037872

  • No.1705-1
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    山口 亨
  • 掲載:2017年5月1日

【論文の概要】

背景、緒言

 身体運動は認知機能の低下を遅らせる手段として有効であると報告されている。特に、認知機能の中でも処理速度や遂行機能に運動が有益であるとされている。しかしながら、これらの研究の多くは健常高齢者を対象としており、実際に認知機能が低下した高齢者や認知症高齢者の認知機能に対する運動の効果は明らかにされていない。

目的

 アルツハイマー病(AD)患者に対して、定期的かつ長期的な運動介入を行うことで、認知機能に有益な影響を与えるかどうかを検討することを目的とした。

方法

 無作為に抽出された1264名のAD患者のうち、本研究の参加基準を全て満たした在宅生活の210名(65歳以上、デイケア利用者)を対象とした。対象者は、ホームエクササイズ群(HE)70名、グループエクササイズ群(GE)70名、コントロール群(CG)70名の3群に無作為に分類された。
​ HEは週2回(1回につき1時間)の頻度で、12ヶ月運動を継続した。対象者は個別の運動処方が行われ、二重課題運動やバランス練習、有酸素運動などを含む内容を行った。GEは週2回(デイケアで過ごす4時間のうち1時間程度)の頻度で、12ヶ月運動を継続した。10名のグループに理学療法士が2名つき、二重課題運動やバランス練習、有酸素運動を含む運動を行った。CGは通常のケアに加え、口頭や書面による運動のアドバイスを受けた。
​ 測定項目は、時計描画検査(CDT: clock drawing test)、語想起課題(VF: verbal fluency; animal category fluency)、Mini-Mental State Examination(MMSE)、臨床認知症評価(CDR: clinical dementia rating scale)とした。これらは、ベースライン時、3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後に測定された(CDRはベースライン時のみ)。なお、CDTは遂行機能の指標、VFは遂行機能と意味記憶の指標として用いられた。

結果

 対象者のベースライン時の特性は、平均年齢78.1±5.3歳、男性61%、CDT2.3点、VF7.9語、MMSE18点、中等度または重度認知症が67%であった。12ヶ月の介入期間で、HEにて11名、GEとCGにて19名がドロップアウトした。
 介入の結果、CDTにおいてHEとGEで得点が向上し、特に12ヶ月時点でHEがCGより得点が高かった(p=0.03)。また、VFとMMSEに関しては、12ヶ月の経過の中で3群すべてにおいて低下を示した。

考察

 本研究結果から、個別に処方されたホームエクササイズは地域在住AD高齢者の遂行機能に有益な効果をもたらすことが示された。HEは個人に合わせた二重課題運動を含む運動を行っていたため、身体活動のみならず脳活動も適切に賦活できた可能性がある。それゆえ、運動による遂行機能の向上に繋がったかもしれない。しかしながら、その効果は軽微であり、一部の機能に限局していた。本研究の対象者の多くが中等度以上の認知症であり、運動による認知機能全般への有益な効果を期待する対象としては適切でないかもしれない。病期が進行する以前に介入することが望まれる。

まとめ・結論

 理学療法士によって個別に処方される運動は、AD患者の認知機能の一部を向上させる可能性がある。AD患者を対象とする場合、グループエクササイズを行うよりもそれぞれの能力に合わせたホームエクササイズ、特に二重課題運動を取り入れていくべきかもしれない。

【解説】

 現在、認知症が運動を含め何かを行うことで予防あるいは完治できるという科学的根拠はなく、一度認知症と診断されると薬剤により進行を遅らせることは可能でも正常に戻ることはない。ADでは脳が受けているダメージが大きく、運動による身体機能の向上はあっても、本研究のように認知機能低下に対する効果はあまり期待できない。しかしながら、認知症の前段階とされている軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)の状態に介入できれば、認知症へ進行させずに認知機能を維持できる、あるいは正常状態に戻せると報告されるようになってきている。これには、運動が脳由来神経栄養因子の分泌を促し、海馬容量を維持・増加させる効果があることが一因として考えられる。一方、適切な予防等が行われなければ、5年以内にMCIの半数以上が認知症に進行すると報告されている。つまり、超高齢社会に突入したわが国においては、理学療法士が認知症の一歩手前の高齢者にいかに関われるかが重要であり、理学療法士の持つ役割は非常に大きいと言える。

【引用・参考文献】

  1. Gauthier S, Reisberg B, et al.: Mild cognitive impairment. Lancet. 2006; 367: 1262-1270.
  2. Suzuki T, Shimada H, et al.: A Randomized Controlled Trial of Multicomponent Exercise in Older Adults with Mild Cognitive Impairment. PLoS One. 2013; 8: e61483.
  3. Baker LD, Frank LL, et al.: Effects of aerobic exercise on mild cognitive impairment: a controlled trial. Arch Neurol. 2010; 67: 71-79.
  4. Erickson KI, Voss MW, et al.: Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci USA. 2011; 108: 3017-3022.

2017年05月01日掲載

PAGETOP