歩行中の中殿筋前部・中部・後部セグメントの筋内電極による筋電図学的検討

Semciw AI, et al. : Gluteus medius: An intramuscular EMG investigation of anterior, middle and posterior segments during gait. J Electromyogr Kinesiol. 2013 Aug;23(4):858-64.

PubMed PMID:23587766

  • No.1705-2
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    本村 遼介
  • 掲載:2017年5月1日

【論文の概要】

背景、緒言

 中殿筋は股関節外転運動の主動作筋として考えられており、片脚肢位にて骨盤を安定させる機能を持つ。中殿筋は3つのセグメントから構成され、それぞれが異なる役割を担っていると考えられている。表面電極・筋内電極を用いた筋電図学的解析では各セグメントの機能的役割に関する報告がなされている。しかし、様々な方法論的限界も存在する。様々なリハビリテーションエクササイズにおける中殿筋の筋電図学的な知見に関する近年のレビューでは、表面電極を用いていることや電極貼付位置が統一されていないことなどから、中殿筋の異なるセグメントの活動をまとめて記録している点や、研究間での比較ができない点が問題として挙げられている。中殿筋の筋機能を明確に理解することは、中殿筋の機能低下に起因する下肢障害の治療に有益な情報となりえる。

目的

 健常若年成人を対象に、近年開発され妥当性が確認されている筋内電極を用いて、中殿筋の3つのセグメントが機能的に独立した構成であるかを筋電図学的解析のガイドラインに基づき明らかにすること。 

方法

 対象は健常若年成人15名(男性9名、女性6名、平均年齢22.4±2.4歳、平均身長177.4±9.9cm、平均体重76.9±12.8kg)とした。被験者は日常的に運動をしており、股関節・腰椎の障害、疼痛、外傷がない者とした。
 電極はワイヤー電極を用い、先行研究に基づいて中殿筋を前部・中部・後部セグメントの挿入部位を判別し、超音波画像診断装置にて各セグメント筋内への挿入深度をリアルタイムに観察した。
 実験プロトコルは快適速度での歩行課題と、5つの等尺性最大随意収縮課題(以下、MVIC課題)の2部構成とした。MVIC課題はOKCでの①股関節外転運動、②股関節内旋運動、③股関節内旋位での外転運動、④股関節伸展運動、⑤Clam exercise(股関節開排運動)であった。予備実験を実施し、股関節外旋運動、股関節外旋位での外転運動、股関節屈曲運動では得られた筋活動が低値であったため、中殿筋の筋疲労を最小限にするためにこれらの課題を除外した。
 歩行課題において、立脚初期(0-20%歩行周期)、立脚中〜後期(20-60%歩行周期)、全立脚期(0-60%歩行周期;踵接地〜つま先離地)に得られた筋電図データを解析対象とし、5つのMVIC課題中に得られた各被験者における各セグメントの最大振幅値を用いて正規化した。各歩行周期(立脚初期、立脚中〜後期、全立脚期)における最大・平均振幅値と最大振幅値が得られたタイミング(以下、TTP)を3つのセグメント間で比較した。また、5つのMVIC課題における3つのセグメントの活動強度を比較した。

結果

 歩行課題では、立脚期において、全てのセグメントにおいて二つのバーストを示した。各歩行周期における最大・平均振幅値にセグメント間の有意差はなかった。しかし、TTPには差があり、前部セグメントは一つ目のバーストで中部線維より有意に遅れ、二つ目バーストで中・後部線維より有意に遅れて最大振幅値に至った。
 MVIC課題では、股関節内旋位での外転運動以外の動作課題において各セグメントの活動特性の違いが確認された。後部セグメントは股関節外転運動において前部セグメントより有意に高い筋活動を示し、股関節内旋運動では前・中部セグメントより有意に低い筋活動、股関節伸展運動では中部セグメントより有意に低い筋活動を示した。また、Clam exerciseでは後部>中部>前部セグメントの順に有意に高い筋活動を示した。

考察

 Clam exerciseにて各セグメントの活動特性が異なり、これはmuscle within muscle(同一筋内に異なる機能的特性を有した部位が複数存在すること)を示す結果となった。このことは、一つの電極にて中殿筋の筋活動を計測している研究結果を解釈する際に注意が必要であることを示している。
 歩行時には各セグメントの筋活動の程度は有意差がなかったものの、前部セグメントのTTPが中・後部セグメントよりも遅かったことから、中・後部セグメントは共同して作用していることが考えられた。歩行周期における中殿筋の機能的役割として、骨盤のスタビライザーであるか、骨頭のスタビライザーであるか、議論されている。本研究では中・後部セグメントは共同して活動することが示されたが、生体力学的・形態学的に異なる役割があると考えられる。中部セグメントは解剖学的肢位において大きな外転力を生成し、下肢を固定し骨盤の安定性を促進する。後方セグメントは大腿骨頸部と前額面上において平行な走行を有しているため、骨頭への求心力を有する。前方セグメントは中部セグメントの補助的な役割を果たすと考えられる。また他2セグメントとのTTPの違いから、2つの異なる作用を有すると考えられる。一つは立脚後期の股関節伸展において関節前方力を減少させる作用、もうひとつは水平面上における対側骨盤の前方回旋に作用すると考えられる。大きな生理学的横断面積を有していること、水平面上において大きく回旋に適当なモーメントアームを有していることから、歩行立脚後期においては後者の作用の寄与が考えられる。骨頭求心作用は小殿筋前方線維が担っていると考える。
 本研究の主たる研究限界として、歩行課題中の股関節運動や関節モーメントなど下肢の生体力学的データを計測しておらず、これらのデータが中殿筋の筋活動に影響を与えていることが考えられる。また、被験者における関節角度、関節モーメント、姿勢などの個人差が影響していることも考えられる。今後の研究ではこれらのデータも同時に計測することで、中殿筋との機能的な関連を検討する。

【解説】

​ 本研究は妥当性の担保された筋内電極による筋電図学的手法を用いて、中殿筋の3つのセグメントにおける機能的役割の違いを検討した報告である。表面電極を用いた中殿筋の筋電図学的解析では、大殿筋が後部セグメントの表層に被覆しているために後部セグメントの直下に表面電極を位置させることができないことと、大腿筋膜張筋、大殿筋の隣接筋の電気信号を計測してしまう(Cross talk)ことが問題点として挙げられ、各セグメントの機能的役割を個別に計測することが困難である。理学療法における中殿筋の重要性は既知の事実であるが、異なる機能的役割を有する3つのセグメントに対しての介入方法を示唆する情報が含まれており、有益な報告と考えられる。
 筋内筋電図の限界として、電極間距離が表面電極よりも非常に小さいことから、ごく限られた筋線維の筋活動しか計測できていないことが挙げられる。また、筋内に電極を挿入するという侵襲的な実験系から、被験者数・対象者が限定されるため、本研究結果の一般化には注意が必要である。
 また、前述した通り生体力学的データの不足から、本研究における歩行課題での筋活動の解釈に限界があるため、今後のさらなるデータの蓄積が望まれる。

2017年05月01日掲載

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