乳がん患者の心血管機能障害を予防するための診断、治療ツールとしての運動療法

Howden EJ, Bigaran A, Beaudry R, Fraser S, Selig S, Foulkes S, Antill Y, Nightingale S, Loi S, Haykowsky MJ, La Gerche A. Exercise as a diagnostic and therapeutic tool for the prevention of cardiovascular dysfunction in breast cancer patients. Eur J Prev Cardiol. 2019 Feb;26(3):305-315.

PubMed PMID:30376366

  • No.2105_02
  • 執筆担当:
    順天堂大学 保健医療学部 理学療法学科
    齊藤 正和
  • 掲載:2021年5月10日

【論文の概要】

 細胞の増殖に必要なDNAやRNAの合成を阻害することで抗腫瘍効果を示すアントラサイクリン系薬剤(以下、ATN系薬剤)は様々な種類のがんに効果のある化学療法でである。しかし、ATN系薬剤による化学療法は、容量依存性に心機能障害(心臓毒性)や運動耐容能低下を招くことが示されている。本研究の目的は、a) ATN系薬剤による化学療法中に実施する運動療法が運動耐容能低下の予防に有用か?、b)左室駆出率(LVEF)などの標準的心機能指標よりも心予備能評価が、心臓毒性の高感度マーカーになり得るか?について検討することである。
 本研究は前向き非無作為化試験である。研究参加に同意が得られた早期乳がん患者30例を対象に運動療法群もしくは通常ケア群を選択してもらい、化学療法前後において運動耐容能、心臓エコー検査による標準的心機能評価(LVEF, 心筋ストレイン[GLS])、安静時および臥位自転車エルゴメータ運動時(アップライト自転車エルゴメータによる最大運動負荷量の20%、40%、60%運動強度)の心拍出量(CO)を心臓MRIより評価した。心臓MRIにより評価した安静時と最大運動時(60%運動強度)のCO変化量を心予備能と定義した。運動療法群は、①有酸素運動とレジスタンストレーニングによる60分間の監視型運動療法を週2回、②30-60分の自宅での非監視型運動療法を週1回、化学療法のスケジュールに応じて8−12週間実施した。
 本研究の結果より運動療法群は通常ケア群に比べて、化学療法に伴う運動耐容能低下が抑制された(4% vs. 15%, p=0.001)。また、化学療法前後でLVEF低下(63±5 to 60±5%. P=0.002)および心筋マーカーであるトロポニンの上昇(2.9±1.3 to 28.5±22.4, p<0.001)を認めたが2群間で有意差は認めなかった。化学療法前の運動時peak COは、年齢、LVEF、GLSで調整後も化学療法後の運動耐容能の規定因子であった。
 本研究より、乳がん患者に対するATN系薬剤による化学療法前の心予備能が化学療法後の運動耐容能低下のリスク因子であることが示された。また、化学療法中の運動療法は、運動耐容能低下の予防に有用である可能性が示された。

【解説】

 近年、がん治療の進歩によりがん患者の予後が改善した一方で、がん治療に伴う心血管障害を招くことが明らかとなっている1)。特にATN系薬剤による心機能障害や次いで生じる運動耐容能低下などの心臓毒性の予防や治療が臨床的課題とされている。化学療法中の運動療法は疲労感の軽減や運動耐容能の向上に有用とされている2,3)
 本研究は、ATN系薬剤投与乳がん患者において、①運動療法による運動耐容能低下の予防効果を検討した点、②左室駆出率(LVEF)などの標準的心機能指標よりも運動時の心機能指標(心予備能)と心臓毒性に伴う運動耐容能低下の関連性を検討した点が、先行研究とは異なる本研究の新規性である。本研究では、ATN系薬剤投与により左室収縮能の指標であるLVEFの低下や心筋マーカーであるトロポニンの上昇を認めたものの、有酸素運動とレジスタンストレーニングから構成されるハイブリッド運動療法が心毒性に伴う運動耐容能低下を抑制する効果を示した。本研究では、運動中の心予備能の評価を実施しており、ATN系薬剤投与により運動中の心拍出量の低下は認めず、心拍数の有意な上昇、一回拍出量の低下傾向を認めていた。これよりFickの法則に基づき、ATN系薬剤投与による最高酸素摂取量の低下には、心拍出量として表される中枢効果よりも骨格筋などの末梢効果の影響が推測される。Doroshow JHらは4)、ATN系薬剤による骨格筋障害について報告されているにも関わらず、化学療法に伴う疲労や運動耐容能低下の原因として見過ごされていた傾向があるとしている。本研究の結果からも化学療法による微小血管機能障害が酸素拡散能障害の影響が示唆されている。また、乳がん患者では化学療法を含め様々ながん治療に伴い骨格筋力が減少することも示されており、Klassen Oらの報告では、下肢筋力が25%減少、上肢筋力が12-16%減少との報告もある5)。これらのことから、本研究ではATN系薬剤投与中の運動療法により微小血管機能や筋力を含めた骨格筋機能低下が軽減され、運動耐容能低下の予防効果が得られた可能性がある。
 しかしながら、本研究では研究デザインが無作為化比較試験ではなく、運動療法を選択しなかった通常ケア群では化学療法前から運動耐容能が低値であることに加えて、サンプルサイズが小さいなどの研究の限界がある。本邦においても腫瘍循環器リハビリテーション(Cardio-oncology rehabilitation: CORE)6,7)の一環として、乳がんをはじめ、フレイルやサルコペニアなど化学療法実施前から骨格筋障害や運動耐容能低下を呈する高齢がん患者に対する化学療法中の運動療法が骨格筋機能障害や運動耐容能低下予防に有用かどうかについても臨床研究結果が待たれるところである。

【引用・参考文献】

1) Scott JM, Khakoo A, Mackey JR, Haykowsky MJ, Douglas PS, Jones LW.
   Modulation of anthracycline-induced cardiotoxicity by aerobic exercise in breast
   cancer: current evidence and underlying mechanisms. Circulation.
   2011 Aug 2;124(5):642-50. 
2) McNeely ML, Campbell KL, Rowe BH, Klassen TP, Mackey JR, Courneya KS.
     Effects of exercise on breast cancer patients and survivors: a systematic review
   and meta-analysis. CMAJ. 2006 Jul 4;175(1):34-41.
3) Beaudry RI, Liang Y, Boyton ST, Tucker WJ, Brothers RM, Daniel KM, Rao R, Haykowsky
   MJ. Meta-analysis of Exercise Training on Vascular Endothelial Function in Cancer
    Survivors. Integr Cancer Ther. 2018 Jun;17(2):192-199. 
4) Doroshow JH, Tallent C, Schechter JE. Ultrastructural features of Adriamycin-
   induced skeletal and cardiac muscle toxicity. Am J Pathol.
   1985 Feb;118(2):288-97. 
5) Klassen O, Schmidt ME, Ulrich CM, Schneeweiss A, Potthoff K, Steindorf K,
   Wiskemann J. Muscle strength in breast cancer patients receiving different treatment
   regimes. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2017 Apr;8(2):305-316.
6)  Gilchrist SC, Barac A, Ades PA, Alfano CM, Franklin BA, Jones LW, La Gerche A,
   Ligibel JA, Lopez G, Madan K, Oeffinger KC, Salamone J, Scott JM, Squires RW,
   Thomas RJ, Treat-Jacobson DJ, Wright JS; American Heart Association Exercise,
   Cardiac Rehabilitation, and Secondary Prevention Committee of the Council on Clinical
   Cardiology; Council on Cardiovascular and Stroke Nursing; and Council on Peripheral
   Vascular Disease. Cardio-Oncology Rehabilitation to Manage Cardiovascular Outcomes
   in Cancer Patients and Survivors: A Scientific Statement From the American
   Heart Association. Circulation. 2019 May 21;139(21):e997-e1012. 
7) Sase K, Kida K, Furukawa Y. Cardio-Oncology rehabilitation- challenges and    opportunities to improve cardiovascular outcomes in cancer patients and survivors.
   J Cardiol. 2020 Dec;76(6):559-567. 

2021年05月10日掲載

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