小脳変性疾患におけるバランストレーニングの臨床的意義と研究間不一致の検証:システマティックレビュー

S. Barbuto, S. H. Kuo and J. Stein. Investigating the Clinical Significance and Research Discrepancies of Balance Training in Degenerative Cerebellar Disease: A Systematic Review. Am J Phys Med Rehabil 2020 Vol. 99 Issue 11 Pages 989-998

PubMed PMID:32467491

  • No.2108_02
  • 執筆担当:
    順天堂大学 保健医療学部 理学療法学科
    春山 幸志郎
  • 掲載:2021年9月6日

【論文の概要】

このレビューの目的は、小脳変性疾患患者の運動失調の重症度、歩行速度、およびバランスを改善するために、どのようなトレーニング戦略と方法が最も有益であるかを明らかにすることである。2019年10月8日までの期間を対象に5つのデータベースを検索した。レビュープロトコルはInternational Prospective Register of Systematic Reviewsに登録され、レビューはCochraneガイドラインとPRISMAガイドラインに従って行われた。アウトカム指標としては、失調の重症度、歩行速度、バランスなどが検討された。レビューの結果、基準を満たした論文が14本(全255症例)確認された。今回の研究では、レビューした研究間の異質性があったため、メタアナリシスは行えなかった。12論文中9論文で運動失調の重症度が統計的に改善され(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia pointsで1.4~2.8の減少)、8論文中3論文で歩行速度が統計的に改善され(平均0.1m/secの増加)、9論文中6論文でバランス指標が改善された(Berg Balance Scaleで平均1.75、Dynamic Gait Indexで1.5の増加)。ほとんどの研究で、バランストレーニングを実施した対象者では、統計的にも臨床的にも有意な運動失調の重症度の改善が認められた。トレーニングの効果の程度を決定するには、バランス課題の量とトレーニングの頻度が重要な要素であった。歩行訓練をバランストレーニングに含めれば、歩行速度も改善する可能性があるが、より多くの研究が必要である。バランス測定値はトレーニングにより統計的に改善されたが、これらの改善は臨床的意義の基準を満たしていなかった。

【解説】

 小脳性運動失調症のフレームワークでは、同じ小脳障害でも脳血管障害後遺症と変性疾患では予後が異なるため、結果を解釈する上では注意が必要である。本研究では、小脳変性疾患のみを対象としたものであり、いわゆる脊髄小脳変性症(含む脊髄小脳失調症)や多系統萎縮症が該当する。これらの疾患は純粋な小脳性協調運動障害だけでなく、多彩な臨床症状を示すため一つの患者群としての介入研究が進みにくい現状があると思われる。小脳変性疾患に対する明確な理学療法ガイドラインは世界的に見ても存在しないのが実情である1)
  小脳性運動失調症に対するリハビリテーション介入のシステマティックレビューとメタアナリシス自体は以前にも実施されており2)3)、これらの報告ではリハビリテーションが移動性、運動失調、バランスを改善するという一貫したエビデンスがあると結論づけているが、一方で研究間により矛盾する結果が報告されている。本研究では、最新の知見を盛り込んだうえで、小脳変性疾患のバランストレーニングに関する文献で一貫性のない結果の原因をトレーニング戦略と方法の比較により検討することに加えて、改善が有意かどうかだけでなく、その改善度の臨床的意義を評価するという視点で実施されたものとして意義がある。ただし本研究の制限としては、小脳変性疾患における臨床的に意義がある最小差(minimally clinical important difference:MCID)が規定されていないことから、既に検証されたMCID値を用いることができず、特定の先行研究結果や他の神経疾患の値を参考としている。この仮定された値に基づく結論には、まだ議論の余地があると思われる。また、本疾患のように緩徐進行性の疾患では、改善を規定するのが一般的に困難であり、疾患の自然歴から考えれば進行の抑制(機能の維持)で臨床的には効果的とも考えられる。
 この論文では二次解析として、運動失調の改善度が各報告間の何によって規定されるかを考察しており、結果は介入期間の短さ(2週間では改善認めず、4週間では改善認める)、1回当たりの介入時間の短さ(15~20分では改善認めず、30~60分では改善認める)、自宅での非管理下でのトレーニング(対象者の意欲が高いほど改善する傾向)などは規定要因として考えられる。基準に合致した論文としても取り上げられているExergamesというレクリエーション要素を含めたゲームエクササイズは世界的にも実用化がすすんでいる4)。今後は本邦においても制度上の問題はあるもののICTの普及とともに一般化されてくるものと思われる。別のアプローチとして経頭蓋電気刺激や磁気刺激などの非侵襲的脳刺激の介入も本格的に検証されてきている5) 6) 7)
  臨床指標が改善するかどうかと同時にトレーニングが何に作用しているかを検証していくことも重要である。例えば、Burciuらは、COPフィードバック制御でのバランストレーニングが小脳皮質や小脳と連絡する背側運動前野の灰白質の容量を増加させる傾向を示し、理学療法介入による脳実質の変化を誘導しうることを示した8)。一方で、残存機能の賦活・代償と小脳の器質的な改善のどちらによるものなのかは検証できておらず、小脳や関連領野に理学療法がどのような修飾を生じるのかは今後の検証が必要である。 これまでの研究の多くは、軽度の運動失調症状を示す限られた患者である。今後の課題として、サンプルサイズの拡充や中等度から重度の患者における介入効果が必要とされている。近年の介入研究として、サンプルサイズを検証しながらの臨床研究も進んできている9)。稀少疾患ではあるが、幅広い重症度の対象者に対して大規模な介入研究が待たれる。

【引用・参考文献】

1)  Gandini J, Manto M, Bremova-Ertl T, Feil K, Strupp M. The neurological update:
   therapies for cerebellar ataxias in 2020. J Neurol. 2020;267(4):1211-20.
2) Fonteyn EM, Keus SH, Verstappen CC, Schöls L, de Groot IJ, van de Warrenburg BP.
   The effectiveness of allied health care in patients with ataxia: a systematic review.
   J Neurol. 2014;261(2):251-8.
3) Milne SC, Corben LA, Georgiou-Karistianis N, Delatycki MB, Yiu EM. Rehabilitation
   for Individuals With Genetic Degenerative Ataxia: A Systematic Review. Neurorehabil
   Neural Repair. 2017;31(7):609-22.
4) Lacorte E, Bellomo G, Nuovo S, Corbo M, Vanacore N, Piscopo P.
   The Use of New Mobile and Gaming Technologies for the Assessment and Rehabilitation
   of People with Ataxia: a Systematic Review and Meta-analysis. Cerebellum.
         2021;20(3):361-73.
5) Song P, Li S, Wang S, Wei H, Lin H, Wang Y. Repetitive transcranial magnetic
   stimulation of the cerebellum improves ataxia and cerebello-fronto plasticity
   in multiple system atrophy: a randomized, double-blind, sham-controlled and TMS-EEG
   study. Aging (Albany NY). 2020;12(20):20611-22.
6) Benussi A, Dell'Era V, Cotelli MS, Turla M, Casali C, Padovani A, et al. Long term
   clinical and neurophysiological effects of cerebellar transcranial direct current
   stimulation in patients with neurodegenerative ataxia. Brain Stimul.
   2017;10(2):242-50.
7) Benussi A, Dell'Era V, Cantoni V, Bonetta E, Grasso R, Manenti R, et al.
   Cerebello-spinal tDCS in ataxia: A randomized, double-blind, sham-controlled,
   crossover trial. Neurology. 2018;91(12):e1090-e101.
8) Burciu RG, Fritsche N, Granert O, Schmitz L, Spönemann N, Konczak J, et al.
   Brain changes associated with postural training in patients with cerebellar
        degeneration: a voxel-based morphometry study. J Neurosci.
        2013;33(10):4594-604.
9) Barbuto S, Martelli D, Isirame O, Lee N, Bishop L, Kuo SH, et al. Phase I
   Single-Blinded Randomized Controlled Trial Comparing Balance and Aerobic Training
   in Degenerative Cerebellar Disease. PM R. 2021;13(4):364-71.

2021年09月06日掲載

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