COVID-19に関する情報(感染予防の行動変容)

感染予防の行動変容
 
1. 行動変容とは
 行動変容(behavior change)は、「経験によって生じる比較的永続的な行動の変化」という学習プロセスである。経験による行動の変化の代表的な理論は①刺激によって誘発されるレスポンデント(応答する)行動と、②能動的に外界に働きかけるオペラント(自発する)行動の2つのタイプがよく知られている。
 2019年新型コロナウイルス感染症(COVID-19)およびその影響に対する有用性としては、感染予防行動の推進や外出自粛など活動量の減少による心身の変化の中長期的な予想とその対策などのために、人間行動の理解に基づいての介入を設計し、評価するためのツールとなると考える。また過去の事例を活用することで、支援者の経験や直観に偏らない、科学的根拠に基づいた実践と政策提言を可能にすると同時に、取り組みを成功させる可能性を高めてくれる点からも意義があるだろう1)
 
2. 「感染予防行動変容」の必要性(今回求められている行動変容の概要とその必要性)
 今回求められている「行動変化」としては、コロナウイルス感染リスク軽減のための予防行動がはじめに挙げられる。ここについて非薬物療法である行動変化(マスク・混雑した場所の回避、多頻度の手洗いや消毒、自宅待機、家族以外の子供との接触)で感染症の伝染率の減少を認めた報告がある2)。このことから、感染予防行動による「行動変化」を促すことはCOVID-19の罹患リスクやクラスター発生のリスクを下げることが期待できると考える。他には外出自粛や通所介護や通いの場の閉鎖など活動量の低下に伴う廃用症候群への対策といった、予防理学療法に資する「行動変化」の知見が望まれる。
 
3.「感染予防行動変容」の負の影響
 「行動変化」については必ずしも良い影響だけではなく、過度な反応による心理的ストレスの増加のリスクや、身体面では活動量の低下による廃用症候群など負の影響が挙げられる。特に、負の影響が強く示唆される集団の傾向については2009年の新型インフルエンザ(H1N1)流行の際、初期段階の香港の一般住民における回避行動の蔓延(外出や混雑した場所や病院への訪問など)と否定的な心理的反応についての調査がある。これによると、「女性、高齢者、非正規雇用者、感染について不正確な認識を持っている人、敏感な人は他の人よりも回避行動や精神的苦痛の兆候を示す可能性が高い」とされている3)。回避行動は否定的な心理的反応と関連しており、感情的な要素が意思決定に強く関与している可能性がある。また、子供の手洗いやマスク着用について学年(高学年)、母親の学歴(高学歴)、居住地の要素が感染予防行動の理解率や行動の実施率に有意に関連していた4)
 行動変容を促すためには、これらの点を踏まえ、受け手の捉え方の感情面に加え、集団のリテラシーを考慮した正確なメッセージを提供する必要がある。
 
3.1 過去の感染症パンデミックや原子力災害(東日本大震災)の例
3.1.1 身体活動
 COVID-19発症予防のため不要不急の外出自粛が求められ、他者との濃厚接触を避けるための対策が継続されている(2020年5月現在)。この対応が長期化すると、閉じこもりや人との交流が減ることによる弊害が懸念される5)。厚生労働省は、身体活動基準2013 6) で、年代別に1日に必要な運動時間(歩数)ならびに運動強度を提示している。この基準を維持するためにも身体活動の維持が必要である。しかし、身体活動が制限されることで高齢者7)だけでなく、青年期8) や中年女性9) にも抑うつ感との関連が認められている。さらに、東日本大震災被災の際は、児童において身体活動が減少していることが報告されている10)
 
3.1.2 メンタルヘルス
 COVID-19、一般市民のみならず、感染者の治療にあたる医療者従事者の心の健康(メンタルヘルス)へも大きな影響を与える。まず、医療従事者は、過去に重症急性呼吸器症候群(Severe acute respiratory syndrome; SARS)が流行した際に、発生した病院の職員は心的外傷後ストレス障害(Post traumatic stress disorderPTSD)やアルコール乱用・依存などの精神状態の悪化をきたしたことが報告されている11)。COVID-19でも、メンタルヘルスへの対策は重要であり12)、中国では、医療者自身のメンタルヘルスを良好に維持することで感染症をよりコントロールできると報告されており、例として一人で休める環境設定やストレスを減らすための余暇活動を取らせるなどの配慮がなされるべきであるとされている13)
 東日本大震災の際に、復興公営住宅(復興住宅)で生活する高齢者は、生活様式の変化や活動制限による廃用症候群、精神的なストレスからQOLの低下をきたしやすいという課題があるとされている。復興住宅在住の高齢者に対し、運動教室型介入プログラム(健康講話+座位ならびに立位で実施するストレッチと筋力増強の集団運動)介入を行ったところ、主観的幸福感の悪化を抑制する可能性が示唆された14) 15)

3.1.3 高齢者の自立度
 緊急事態宣言を受けて不要不急の外出が自粛される中で、生活様式の変化が高齢者の機能面・能力面に及ぼす影響は大きい7)。実際に、国内では、閉じこもり高齢者は、非閉じこもり高齢者と比べて、筋力や歩行能力、バランス能力が有意に低いと報告されている16)さらに、ソーシャル・キャピタルは精神的フレイルと有意な関連が認められている17)。しかし、女性では、栄養値や基礎代謝量、うつ傾向は閉じこもりの有無で差はみられなかった18)。つまり、女性は身体活動基準2013 6) が示す通り、家事動作によって適切な身体活動量が維持されていると思われる。そのため、男性は家庭内でもできる運動もしくは、家事を行い適切な身体活動量を確保することが重要と思われる。実際に、座位時間が長い19) と様々な悪影響があると報告されている。一方で、高齢者はオンラインでの身体活動支援システムの使用を避ける傾向にあり20)自宅での身体活動実施を促進させるための方策の検討が望まれる
東日本大震災後の高齢者の身体活動レベルは、居住地と社会的要因(ソーシャルネットワーク)と関連していたため21)、コロナウイルスによる社会的要因の変化が高齢者の自立度へ影響を及ぼすことが懸念される。

3.1.4  他の健康関連アウトカム(肥満率、疾患罹患率、死亡、他)
 外出機会の狭小化自体が肥満や要介護認定割合の増大と関連する可能性がある。外出機会の制限により座位時間の増加が予想されるが、長時間座位は心血管代謝疾患と死亡の危険因子であることが分かっている22)。さらに、運動不足は世界で4番目に多い死因とされており23)、超過死亡が生じる可能性もある。東日本大震災後の報告では、運動不足による運動機能低下者の割合は、私営の仮設住宅・賃貸住宅に転居した者が多く24)、フレイルのリスク要因として女性では肥満や糖尿病が、男女共通の要因としてソーシャルネットワークの貧弱さが関係していた25)
 
3.2 COVID-19 に対する行動変容で今後起こりうる負の影響
 現在、不要不急の外出を控えることで、COVID-19の発症者増加を抑制できている。一方で、外出制限を継続する行動自体が負の影響を導く可能性がある。例えば、外出制限や不活動により、運動や人とのコミュニケーションの機会が減少し、メンタルヘルス悪化26)、心疾患リスク27)・認知症発症リスクの増加28) と有意に関連することが分かっている。これは、生活環境変化や、近所の知人や友人との接触機会が減少することによるソーシャル・キャピタルの欠如が影響している可能性がある。さらに、コロナウイルス感染拡大のために、遊興施設や飲食店をはじめとする様々な業種に営業自粛や規模縮小が求められている。それにより収入が著しく減少するケースが多い。収入格差は、精神的ストレスを介して罹病率や死亡率の増加に繋がるとされており29)、特定の人々が経済的困難に陥る状況では、国民全体の健康状態が悪化することが懸念される。中国国民のロックダウンによる影響では、COVID-19流行時は、不安や鬱病、アルコール使用障害、精神的健康度の低下率が高くなることが知られており、特に若者では心理的に脆弱な状態である傾向があった30)。さらに、ソーシャルディスタンスが特に高齢者の孤立を招き、他疾患などの死亡率と関連するリスクファクターとなりえるとされている31)。さらに、日本の20歳から64歳の男女約1万人に聞き取り調査を行った結果、予防行動をとることができていない者の割合は約20%で、その関連要因は、男性、若年、未婚、低所得世帯、飲酒または喫煙習慣者であることが分かった32)。これらの特徴の一部は、肥満や循環器疾患発症と関連しており33)、易感染性や重症化の拡大に留意する必要がある。
 
4. 今後の対策と注意点
 外出や人との交流など3密を控えることで、感染リスクを抑えるメリットと共に、上述したような健康関連指標に負の影響を及ぼす可能性が考えられる。よって私たちは疾病管理をより効率的にするために、手洗いや身体的距離確保といった基本的な感染対策のみではなく、他の公衆衛生戦略と組み合わせる必要がある。具体的には、パンデミックの影響を緩和することに役立つ可能性がある、1) 感染症の脅威の認識、2) 社会的状況の理解、3) 市民と専門職間の科学コミュニケーション、4) 個人と集団活動における利益調整、5) リーダーシップ、6) ストレス対処能力がCOVID-19の発症を抑制するための行動戦略として必要である34)
 また、感染予防行動により生じる健康問題に対して考慮する必要がある。例えば、外出を控えると社会的孤立感が強くなり、身体不活動・メンタルヘルス悪化をきたす可能性がある。これらに対して、長時間座位の軽減や、中等度の活動の実施に加えて、理学療法士等の専門職による資源を活用して、オンライン20)35) や3密を排除した環境での運動カウンセリングや、行動カウンセリングを組み込むことが推奨される。屋内での運動を習慣化させるためには、すでに種目などの詳細が確立されている運動プログラムを、DVDおよびマニュアルの配布やオンラインによる指導などの手段が有効であると考えられる。さらに、今後は厚生労働省より公表された“新しい生活様式”や各自治体の基準に沿って、適切な社会的距離を保ちながら、通いの場の再開時期について検討する必要がある。
 今後、感染予防のための行動を徹底しながら、中長期的に生じうる健康問題に対応するために、理学療法士として社会でどのように対応すべきか議論する必要がある。
 
5. 引用文献
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  2. Cowling BJ, Ali ST, et al.: Impact assessment of non-pharmaceutical interventions against coronavirus disease 2019 and influenza in Hong Kong: an observational study. Lancet Public Health. 2020; 5: e279-e288.
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  6. 厚生労働省ホームページ 健康づくりのための身体活動基準 2013 (概要). https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple-att/2r9852000002xppb.pdf (2020年5月9日引用)
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ソーシャル・キャピタル:社会・地域における人々の信頼関係や結びつきを表す概念。