COVID-19に関する情報(新興感染症の歴史)

新興感染症の歴史 序文
 
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019新型コロナウイルス(2019-nCoV、SARS-CoV-2)を原因とする感染症である。SARS-CoV-2は、2019年に中国湖北省武漢市付近で発生が初めて確認され、その後、COVID-19の世界的流行(pandemic)を引き起こし、世界中で社会活動、経済活動に多大な影響を及ぼしている。
 日本においては、東京、神奈川、大阪、福岡など7都府県を対象に2020年4月7日、初の緊急事態宣言が出され、4月16日には対象は全国に拡大された。当初、5月6日を期限としていたが、5月4日に対象地域を全国としたまま、期限は5月31日まで延長された。5月14日、東京都、大阪府など8都道府県以外の県の緊急事態宣言は解除されたが、いまだ国民生活に大きな影響を及ぼしている。日本国内の感染状況として、厚生労働省は、5月16日0時現在、COVID-19に関連した感染症の感染者は16,237例と報告した。また死亡者は725名、退院者は11,153名と報告され(最新情報は厚生労働省ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html 参照)、その終息には、まだ相当の時間を要すると考えられる。
 そもそもウイルスや細菌の誕生が、人類の誕生の遥か以前だったことを考えると、人類は誕生とともに感染症と闘ってきたといっても過言ではない、またウイルスや細菌も人類と戦い形を変えてきたと言っても過言ではない。古くはエジプトのミイラから天然痘に感染した痕跡が確認されている。またヨーロッパの人口の3分の1が死亡したとされるペスト、世界中で2,000万人とも4,000万人ともいわれる人々が死亡したスペイン風邪など枚挙に暇がない。
 また我が国においては、かつて結核が国民病といわれ、日本人の死因第1位であったが、衛生の改善や治療の進歩により、感染率・発病率・死亡率の著しく減少した。ワクチンの悉皆接種、予防治療を行っても現在なお罹患率は10万人あたり36あり危険な感染症であることに変わりがない。さらには高齢化やHIVの流行が逆に罹患率の増加を招いている。こうしたことから厚生労働省は『結核は過去の病気ではない』というスローガンのもと、国民に注意を喚起している。
 また、ユニークな存在として宿主と共存するものには、ヘルペスウイルスがある。ヒトに感染するヘルペスウイルスは8つの型が存在し、初感染後すべてのヘルペスウイルスは特定の宿主細胞内で潜伏し続けるため感染は生涯続く。その後、再活性化すると、重篤な生活機能障害をもたらす。再活性化は初感染の直後に起こることもあれば、何年も経ってから起こることもある。一応の治癒を見た場合でも、多様なストレスで再活性化される。一方で完全に治癒をもたらす治療法はいまだ開発されていない。したがって、ヘルペスウイルスによる感染症への公衆衛生的な対策は、インフルエンザなど他のウイルス性感染症への対策とは違い、戦いではなく共存を目指すことになる。
 さらに、ウイルスは人類の進化に役立ってきたという考え方もある。環境ジャーナリスト・環境学者として知られる石弘之氏は著書の「感染症の世界史」の中で、「生物は感染したウイルスの遺伝子を自らの遺伝子に取り込むことで、突然変異を起こして遺伝情報を多様にし、進化を促進してきたと考えられる」と述べている。つまり、ウイルスのおかげで人類の今があるともいえる。このように考えると、ウイルスと戦うというのは人類のおごりであり、ウイルスやウイルスが引き起こす感染症に対して、人類はもっと謙虚な姿勢を持たなければならないのかもしれない。
 このように一口に感染症といっても多様で、それぞれに人類が悪戦苦闘してきた歴史がある。これらの歴史を知ることは、過去の感染症の知識を得るにとどまらず、現在そして未来の感染症やその世界的流行への対策の手掛かりになると考えられる。
 そこで本セクションでは、新興感染症を中心とした感染症の疫学を振り返ることで、COVID-19の対策や今後の展望を考える基礎資料とすることを目的とした。
 調査する感染症は、まず理学療法との関連性や近年増加傾向にあることを考慮して、再興感染症であるが、①結核、②ポリオを取り上げた。次に新興感染症のなかで、COVID-19と同じウイルス性感染症であり、呼吸器疾患である③重症急性呼吸器症候群(Severe acute respiratory syndrome; SARS)、④中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome; MERS)、⑤インフルエンザを取り上げた。インフルエンザはさらに、1)2009年新型インフルエンザ(A(H1N1)pdm09型インフルエンザウイルス)、2)H5N1型鳥インフルエンザ、3)スペイン風邪の3疾患を調査した。
 本調査内容には、COVID-19の今後の推移や有効な対策のヒントがあると考える。第二次世界大戦の時に首相として英国の舵を取り、ヒトラーから世界を救った男として知られるウィンストン・チャーチル(1874-1965)の名言で、序文を締めさせて頂くこととする。
「過去を広く深く見渡すことができれば、未来も広く深く見渡すことができるであろう」
 
文責:新興感染症の歴史班 班長 内藤 紘一
 
新興感染症の歴史班メンバー(敬称略、執筆順)
班長:内藤 紘一(統括、“序文” 執筆、校正)
班員:大渕 修一(“結核”執筆、“序文” 執筆サポート)
班員:仲 貴子(“ポリオ” 執筆)
班員:三上 知信(“SARS“執筆)
班員:小保方 祐貴(“MERS” 執筆)
班員:町 貴仁(“2009年新型インフルエンザ”執筆、インフルエンザチームリーダー)
班員:長田 真弥(“鳥インフルエンザ” 執筆)
班員:原 耕介(“スペイン風邪“執筆)