脳損傷を伴う早期産児の上肢自発運動の時系列解析

Ohgi, S. Morita S, Loo, KK. Mizuike C.: Time series analysis of spontaneous upper-extremity movements of premature infants with brain injuries. Phys Ther. 2008 Sep;88(9):1022-33. Epub 2008 Jul 17.

PubMed PMID:18635672

  • No.1002-1
  • 執筆担当:
    山形県立保健医療大学
    保健医療学部
    理学療法学科
  • 掲載:2010年2月27日

【論文の概要】

背景と目的

本研究の目的は、脳に損傷がある早期産児と無い早期産児の自発性運動の解析を行い、正常および異常な運動発達過程を知る手がかりを探ることにある。早期産児の上肢の自発性運動を時系列解析によって解析している。

対象

対象は7人の脳損傷のある早期産児と性別、体重、在胎週などをマッチングした脳損傷の無い低リスク早期産児7人、計14名であった。脳損傷の疾患名は脳室周囲白質軟化症、脳室内出血であった。

方法

3軸の加速度計を右上肢に取り付け、その加速度信号を記録した。覚醒した状態において、上肢の自発的な運動を仰臥位で測定した。測定時間は200秒、サンプリング周波数は200Hz。加速度時系列データは非線形および線形解析によって解析された。加速度時系列データの線形解析として最大エントロピー法を用い周波数解析を行った。また、加速度時系列データの非線形解析として、Kantz法による最大リアプノフ指数を求めた。また、加速度時系列データの非線形性はサロゲート法によって確認した。

結果

周波数分析の典型例2例を示し、脳損傷の有無に係わらず1Hz付近にピークがみられ、1Hz以上の周波数帯ではべき乗則が見出された。この結果より、線形解析では上肢の自発性運動はランダムな動きであると解釈された。サロゲート法によるカオス性の検討では、ほとんどの早期産児においてoriginal dataの予測誤差がsurrogate dataの予測誤差より小さかった。しかし、脳損傷のある早期産児2名ではその逆であった。これらの結果より脳損傷のある早期産児の自発性運動はカオス性を呈さず、ランダムな動きを呈していた。誤り近傍法によって最適な埋め込み次元を推定した。その結果、脳損傷のある早期産児は脳に損傷無い早期産児に比べて埋め込み次元が有意に大きかった。埋め込み次元5において、最大リアプノフ指数を求めた。全ての早期産児のおいてその値は正の値をとった。また、脳に損傷のある早期産児の最大リアプノフ指数は、脳に損傷の無い早期産児に比べて有意に大きかった。これらの結果より、脳損傷の有無に関わらず全ての早期産児の自発性運動はカオス性を示していた。また、脳に損傷のある早期産児の自発性運動はより不安定で予測し難い動きであった。

考察と結論

乳児の自発性運動は意味ない自発的な運動でなく、決定論的カオス性をもった自発的な運動であると考えられる。乳児の運動発達は自己組織化によってなされ、その基礎には中枢神経、知覚、筋骨格筋などのサブシステムからなるカオス的なダイナミクスがある。自己組織化された上肢の運動は感覚運動経験を生み、それによって意味にあるリーチ動作などが獲得される。脳損傷のある早期産児の上肢の自発性運動は、運動の次元が大きく、不安定かつ予測し難い動きであった。これは協調性ための自己組織化に問題があることを示唆する。誤り近傍法の値は、上肢の自発運動の自由度を表し、自発性運動を生み出しているシステムの変数の数を意味し、早期の運動発達に関与している最小の変数の数である。脳損傷のある乳児の自発運動の次元が脳損傷の無い乳児に比べて高かった。これは自発性運動がよりランダムであることを示し、自己組織化の未成熟を示す一つの指標となるかもしれない。脳に損傷を持った乳児の自発性運動は、複雑性を失い、高いリアプノフ指数と高い次元を持ったと解釈できる。協調性のある運動や随意運動の獲得過程において、ある種の混乱を生じているかもしれない。理学療法士は運動の獲得や発達に関与する中枢神経、視覚、聴覚、触覚、筋、関節、環境などのサブシステムの相互作用を通して、乳児の運動学習の自己組織化をサポートする必要がある。

【解説】

この論文は日本人がアメリカのPhysical therapyに投稿した論文である。かなり難解であり、この論文を理解するには、Prechtl(プレヒテル)のgeneral movements(GMs)の知識と非線形解析手法の知識が必要である。
最初に、PrechtlのGMsについて述べる[1.]。胎児期から生後6ヶ月までの乳児の自発性運動をspontaneous movementという。この自発性運動は3つに分けられる。1つは胎児期のみに存在するstartle、2つは胎児期からずっと持続する呼吸様運動や眼球運動、最後に胎児期から出現し生後8週目にいったん消失し、その後16週目までに継続する自発性運動である。PrechtlがいうGMsはこの最後の自発性運動であり、本論文のspontaneous movementもこの自発性運動を意味し、これを解析対象としている。
次に、非線形解析のkeyとなるterminology(専門用語)について説明する。まず、最初に決定論的カオス(deterministic chaos)についてである。単にカオスともいう。決定論的というのは初期値が決まれば一意に次の値が決まるようなシステムの状態をいう。ただし、初期値のわずかのずれが、後に大きな差を生み、予測不可能な状態を生み出す。これが決定論的カオス(カオス)である。時系列データのカオス性(非線形性)の有無に関する証明にはsurrogate data手法が用いられる。いつかの種類があり、本論文ではFourier transform手法を用いている[2.]。つまり、オリジナル時系列データのパワースペクトラムを保持し、位相をランダム化することによってsurrogate dataを生成する手法である。オリジナル時系列データから計算された非線形指標(例えば、Lyapunov指数、dimension)と surrogate dataから計算された非線形指標との間に有意な差があれば、オリジナル時系列データがカオス性(非線形性)を有すると考える。
本論文の早期産児の上肢の自発性運動は、脳損傷の有無係わらず、カオス性があると筆者は述べている。埋め込み次元(embedding dimension)について説明する。非線形解析では1次元の時系列データをあるデータポイント数ごとずらして、多次元空間に埋め込む必要がある。何ポイントのデータをずらすかの決定は、時系列データの自己相関関数を用いて、最初に相関がゼロとなるデータポイント数で決定する。その後、このデータポイント数を基に、時系列データを最適な多次元空間に拡張する必要がある。この最適な埋め込み次元を決定するのが誤り近傍法である。
本論文では脳に損傷の有る早期産児は7~8次元、損傷ない早期産児は6~7次元であり、脳に損傷のある早期産児の自発性運動の自由度が高いことを明らかにしている。非線形解析手法の代表的な指標にLyapunov指数がある[3.]。カオスの大きな特徴の1つに初期値鋭敏性がある。この初期値鋭敏性、つまり軌道の発散性の程度を示す指標がLyapunov指数である。本論文では1次元の加速度時系列データを5次元に埋め込み、5次元軌道の発散性の程度をLyapunov指数(Kantzのアルゴリズムを用いて)で表している。そして、脳に損傷のある早期産児の最大リアプノフ指数は、脳に損傷の無い早期産児に比べて有意に大きいことを示している。
最後に、この論文を理解するには、複雑性(complexity)の概念とランダム(random)の概念を区別する必要がある。高いリアプノフ指数をもつ自発性運動は必ずしも複雑性のある自発運動であるとは限らない。また、高い次元のもつ運動はランダムな運動にはなりうるが、必ずしも複雑な運動とはならない。低い次元でも複雑な運動は生成される。システムが最も複雑なのは、秩序ある運動からカオス的な運動に切り替わる時である。これらの概念図は論文のappendixのFig.2で述べている。参照して下さい。
以上、カオスに関係するterminologyについて述べてきたが、要するに脳に損傷のある早期産児の自発性運動の特徴をまとめると以下になる。
脳に損傷を持った早期産児の自発性運動は、複雑性を失い、高いリアプノフ指数と高い次元を持った自発性運動であった。これは協調性のある運動や随意運動の獲得過程において、ある種の混乱を生じている可能性を示す。
筆者も論文の中で述べているが、被験者数や測定回数が少ないこと、また早期産児を縦断的に追跡していない点が本研究の限界である。しかし、非線形解析という新たな手法で自発性運動を捉え、その特徴を明らかにした点では、評価に値する論文と言える。

【引用文献】

  1. Bos AF, Einspieler C, Prechtl HFR. Intrauterine growth retardation, general movements, and neurodevelopmental outcome: a review. Dev Med Child Neurol. 2001;43:61-68.
  2. Hegger R, Kantz RH, Schreiber T. Practical implementation of nonlinear time series methods: the TISEAN package. Chaos.1999;9:413-435.
  3. Kantz H. A robust method to estimate the maximal Lyapunov exponent of a time series. Phys Lett A. 1994;185:77-82.

2010年02月27日掲載

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