人工股関節あるいは人工膝関節置換術後の自転車エルゴメーター:無作為化比較対照試験

Liebs TR, Herzberg W, Ru"ther W, Haasters J, Russlies M, Hassenpflug J: Ergometer Cycling After Hip or Knee Replacement Surgery: A Randomized Controlled Trial. J Bone Joint Surg Am. 2010; 92:814-822.

PubMed PMID:20360503

  • No.1008-1
  • 執筆担当:
    山形県立保健医療大学
    保健医療学部
    理学療法学科
  • 掲載:2010年8月10日

【論文の概要】

背景

初期の人工股関節置換術(THA)あるいは人工膝関節置換術(TKA)の最適な術後プログラムは明らかとは言えない。自転車エルゴメーターによる運動は、continuous passive motion machine(CPM) と同様に固有感覚や筋の協調性、下肢の循環、罹患関節の関節可動域(ROM)などの改善が期待できると推測されている。

目的

本研究の目的は、THAまたはTKA後における自転車エルゴメーターの使用が、健康関連QOLおよび患者の満足度に及ぼす効果を検証することである。

方法

研究デザイン:
多施設間無作為化比較対照試験

対象:
変形性関節症又は骨壊死により片側のTHAまたはTKAを受けた362症例。

介入方法:
THAおよびTKA症例をそれぞれランダムに、自転車エルゴメーター使用群(エルゴメーター使用群)と非使用群(対照群)の2群に分けた。エルゴメーター使用群は、術後2週後から、週3回、理学療法士の指導の下で少なくとも3週間行った。負荷量は最小限(30W程度)に設定した。全ての患者は、術後の標準的なプログラム(ROM、筋力、循環、バランス、協調性、歩行などの改善プログラムとADL指導)を受け、TKA症例はドレーン除去後にCPMを毎日施行した。

評価:
主アウトカムとして、 Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC)の身体機能評価を、開始時と術後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月に、質問票により行った。二次的な評価として、WOMACの疼痛とこわばりの項目、 SF-36の身体的健康度のサマリースコア(PCS スコア)、Lequesne hip and knee score、および満足度の評価を行った。満足度の評価は、「あなたは人工関節の手術を受けてどのくらい満足していますか」という質問に対し、「非常に満足」、「少し満足」、「少し不満」、「非常に不満」のいずれかで回答させた。主アウトカムに関して、Tubachら[1.]が報告している「臨床的に意義のある最小変化量(minimal clinical important difference:MCID)」の絶対閾と比較した。膝OAに関するMCIDの絶対閾として、WOMAC の身体機能評価点数が5.3点、股OAでは2.6点とされている。

統計解析:
25~30%の脱落群を見込んだ上で、検定力が0.8で有意差が検出される人数を割り出し、参加者を募集した。全ての分析は、intention-to-treat(ITT)の原則で行った。エルゴメーター使用群と対照群の比較はMann-Whitney 検定を用い、満足度はカイ二乗検定で比較した。

結果

開始時の各パラメーターに関しては、それぞれ2群間に有意差はなかった。THA後はアウトカムの全てのパラメーターでエルゴメーター使用群が全てのフォローアップ期間において高い値を示した。主アウトカムであるWOMACの身体機能評価点では、術後3ヶ月で、使用群が21.6点、非使用群が16.4点(効果量:0.33, p=0.046)、24ヶ月で、使用群が14.7点、非使用群が9.0点(効果量:0.37, p=0.019)と使用群が有意に高かった。また、主アウトカムにおける平均値の差が術後3ヶ月では5.2点と、MCIDの絶対閾の2.6点の2倍で、術後24ヶ月では5.7点と、2.2倍に達していた。患者の満足度に関しては、使用群の方が、「非常に満足している」と回答した症例の比率が全ての期間で高い値を示し、術後3ヶ月では使用群が92%、対照群が80% と有意差(p=0.027)が認められた。
TKA後に関しては、両群に有意な差は認められず、主アウトカムにおけるMCIDの絶対閾の5.3点に至らなかった。

考察

本研究結果から、THA後の自転車エルゴメーターの使用が、健康関連QOLの向上に有効であるという強いエビデンスが得られた。この知見の臨床的有用性は、本研究の主アウトカムであるWOMACの身体機能評価点数に関して、術後24ヶ月で、過去に報告されているMCIDの疾患特異的絶対閾の2.2倍であったこと、同じく効果量が術後3ヶ月と24ヶ月で、メタアナリス[2.]で得られた非ステロイド系抗炎症剤による効果量の0.2を上回っていたことにより、強調することができる。
一方、TKA後で効果が無かった理由として、自転車エルゴメーターがCPMと比べて、回転速度が速く、自動運動であること、また膝関節の位置が心臓より低いことなどにより膝関節周囲組織の腫脹をもたらし、その結果、関節滲出液や痛みが発生して、筋の協調性や固有感覚に対する効果を相殺させてしまったのではないかと推測された。

結論

THA後の自転車エルゴメーターの使用は、術後早期およびその後の患者の健康関連QOLと満足度において、有意で、臨床的にも意味のある改善を達成させ得る有用な手段である。しかし、TKA後の使用に関しては、その有用性を支持することはできない。

【解説】

本研究は、THAとTKAの術後プログラムにおける、自転車エルゴメーターの有用性を健康関連QOLの観点から検証したものである。変形性股関節症や膝関節症患者の健康関連QOLを測定する尺度として、疾患特異的尺度にはWOMACが、包括的尺度にはSF-36が多く用いられている。また、本研究で用いられているMCIDを用いた介入効果の判定は、最近の論文でよく使用されている。MCIDは、「副作用や医療費や不便さを考慮に入れた上で、患者のマネジメントに変化をもたらす最小の治療効果[3.] 」と定義され、統計学的有意差とは異なった概念である。すなわち、何らかの介入により、いくら統計学的に有意に改善したとしても、患者自身が「良くなった」と実感しなければ、臨床的意味としては薄れてしまう。ある疾患に対して、何らかの定量的評価により、何点増加又は減少すれば、患者が「良くなった」と実感できるか、その最小の点数がMCIDの「絶対閾」に相当すると解釈できる。各疾患に対するMCIDは既に確立されているわけではなく、本研究では、Tubachら[1.]の報告にある絶対閾を判定基準に用いているので参照されたい。
本研究結果より、THA後の理学療法として自転車エルゴメーターを使用することが、健康関連QOLの向上に有用であるとのエビデンスが示された。自転車エルゴメーターは下肢関節への負荷が少なく、リスク管理の観点からも安全な治療手段であり、臨床で積極的に使用されることが望まれる。

【参考文献】

  1. Tubach F, Ravaud P, Baron G, Falissard B, Logeart I, Bellamy N, Bombardier C, Felson D, Hochberg M, van der Heijde D, Dougados M. Evaluation of clinicallyrelevant changes in patient reported outcomes in knee and hip osteoarthritis: theminimal clinically important improvement. Ann Rheum Dis. 2005;64:29-33.
  2. Bjordal JM, Ljunggren AE, Klovning A, Slørdal L. Non-steroidal anti-inflammatory drugs, including cyclo-oxygenase-2 inhibitors, in osteoarthritic knee pain: metaanalysis of randomised placebo controlled trials. BMJ. 2004;329:1317.
  3. Chan KB, Man-Son-Hing M, Molnar FJ, Laupacis A. How well is the clinical importance of study results reported? An assessment of randomized controlled trials. CMAJ. 2001;165:1197-202.

2010年08月10日掲載

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