腰痛症に対する理学療法とアドバイスとの無作為化比較対照試験

Frost H, Lamb SE, Doll HA, Carver PT, Stewart-Brown S.:Randomised controlled trial of physiotherapy compared with advice for low back pain. BMJ. 2004;25;329-335.

PubMed PMID:15377573

  • No.1011-2
  • 執筆担当:
    甲南女子大学
    看護リハビリテーション学部
    理学療法学科
  • 掲載:2010年10月16日

【論文の概要】

背景

腰痛症とそれに関連する障害は、西洋の社会での主要な社会的健康問題である。腰痛症は、英国労働者の主な休職原因であり、直接的なヘルスケア・コストは、2,932,000ドルと推定されている。英国のNHSにおける理学療法士は、年間におよそ130万人の腰痛症患者を治療している。しかし、一般的な理学療法(腰痛体操などの運動療法、関節モビライゼーション、電気療法、レーザー治療、超音波療法、あるいは牽引療法など)は治療効果の根拠が弱いのが現状であるため、腰痛に対する理学療法の効果に関する根拠を明確にする必要性がある。

目的

本研究では、6ヶ月以上継続する慢性腰痛に対して英国のNHSが認証する一般的な理学療法が、理学療法士が行う1回だけの評価・アドバイスセッションと比較して、治療効果が有効かどうかを信頼性と妥当性の高い帰結評価で検証することである。

方法

研究デザイン:
他施設、調査者盲検のRCT

対象:
対象者は英国のオックスフォード州とバーク州におけるNHSの7カ所の外来部門理学療法科から集められた508名である。その中から研究理学療法士は、18歳以上で、下肢症状や神経症状の有無に関係なく少なくとも6週間以上腰痛を有し、リウマチ性疾患、婦人科疾患、強直性脊椎炎、腫瘍、感染、脊髄手術既往、前月に身体問題で治療した者などを除くといった選択基準で286名を選んだ。

介入方法:
アドバイス群は1回だけの評価・アドバイスセッションであり、理学療法群は関節モビライゼーションや脊椎マニュピレーション、腹筋強化、各種物理療法などの通常理学療法である。理学療法士によるセッション内容の記録である。

アウトカム評価:
治療効果の判定には、疾患特異的帰結評価と健康関連QOL尺度が用いられた。つまり、メインアウトカム評価として介入12ヶ月後のOswestry disability indexのスコア、セカンダリーアウトカム評価としてOswestry disability index (2/6ヶ月)、Roland and Morris disability questionnaire、SF-36 (2, 6, 12ヶ月)、そして治療恩恵の患者知覚(2, 6, 12ヶ月)が使われた。1997年10月と2001年1月の間において、選択基準に合致した508人の患者のうち286人(56.3%)をランダム化した。その結果、144人はアドバイス群、そして142人は理学療法群に割り当てられた。

統計解析:
共分散分析、ロジスティック回帰分析が使われていた。危険率は5%と設定されていた。

結果

一般的理学療法群はアドバイス群と比較して、メインアウトカムである12ヶ月後のOswestry disability indexのスコアにおいて有意な違いが認められなかった。ただし、治療後2ヶ月時点においては、アドバイス群と比較して理学療法群の方が有意にSF-36の「心の健康」と「身体機能」の項目に改善を認めたが、それ以外には両群に有意な効果の違いは確認できなかった。本研究の結論としては、疾患特異的帰結や総合的帰結測定において理学療法には長期的な効果の根拠を見いだせなかったということになる。

【解説】

NHS(National Health Service)とは、イギリスの国営医療サービス事業のことであり、日本の国民保険のことである。これは、患者の医療ニーズに対して公平なサービスを提供することを目的に1948年に設立され現在も運営されており、認証された治療法に対しては利用者の健康リスクや経済的な支払い能力にかかわらずNHSがすべて支払い、利用者は基本的に無料となっている。
本研究は、腰痛症に対してNHSから理学療法に支払われる医療費の額が莫大となっているため、理学療法による治療効果の根拠が検証されることになったと考えられる[1.]。一般的理学療法は理学療法士が与える1回の評価・アドバイスセッションだけと治療効果は同等であると結論しており、これが認められると一般的な理学療法が NHSから医療費の支払いを受けられなくなってしまう可能性が高く、理学療法士にとっては死活問題である。当然のこととして、本論文はセンセーショナルに取り上げられ、BMJ上でもかなり議論されることになった[2.]。
この論文の信憑性について、研究過程に生じるバイアスを検討した。
選択バイアス:介入経過の中でドロップアウトが多く存在しているが、両群ともほぼ同じ(約28%)であり、バイアスは両群とも均等であるといえる。また、本研究ではITT解析が用いられているのでドロップアウトによるバイアスを最小限に防いでいる。ドロップアウトした人も含めることで効果が両群とも過小評価される。
※ITT解析とは、臨床試験の進行に伴い、治療群に割り付けられたとしても治療が実施不能になったり、対照治療に割り付けられても同様にその治療が続行不能になったりするが、このような割り付けられた治療から逸脱した患者もすべて含めて解析する方法のことをいう。
情報バイアス:理学療法士によるセッション内容の記録にバイアスが含まれる可能性がある。理学療法士が治療効果を良く出そうとして報告したセッション数より多く治療しているかもしれない。もし本当に多く行っていたとしても治療効果が高まる方向に働いているはずであり、結論がより強調される。
交絡バイアス:両群への割り付け時に無作為割付が行われており、研究デザイン自体で交絡バイアスを排除している。また、経時的な治療効果の解析における治療前の年齢、性別、喫煙癧、腰痛の初発からの期間を共変量とした共分散分析が行われている。
以上のバイアス評価からみても本論文の信憑性は高いと考えられる。少なくとも6ヶ月以上が経過した慢性腰痛症に対する一般的理学療法の治療効果についての根拠が弱いのは本論文以外にも報告されている[3.4.]。このような慢性腰痛症に対しては身体的なアプローチを中心とした理学療法よりも教育的なアプローチである腰痛教室の方が治療効果は高いと考えられる[5.]。

【参考文献】

  1. Maniadakis N, Gray A. The economic burden of back pain in the UK. Pain 2000;84:95-103.
  2. MacAuley D. Back pain and physiotherapy. BMJ. 2004;329:694-695.
  3. Herbert RD, Maher CG, Moseley AM, Sherrington C. Regular review: Effective physiotherapy. BMJ 2001;323: 788-790.
  4. Klaber Moffett J, Torgerson D, Bell-Syer S, Jackson D, Llewlyn-Phillips H, Farrin A, et al. Randomised controlled trial of exercise for low back pain: clinical outcomes, costs, and preferences. BMJ 1999;319: 279-283.
  5. Van Middelkoop M, Rubinstein SM, Kuijpers T, Verhagen AP, Ostelo R, Koes BW, van Tulder MW. A systematic review on the effectiveness of physical and rehabilitation interventions for chronic non-specific low back pain. Eur Spine J. 2010 ;18:online Journal.

2010年10月16日掲載

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