視覚的な錯覚を用いることで対麻痺患者の神経因性疼痛を減少させる

Moseley GL.: Using visual illusion to reduce at-level neuropathic pain in paraplegia. Pain. 2007 ; 130: 294-298.

PubMed PMID:17335974

  • No.1106-1
  • 執筆担当:
    甲南女子大学
    看護リハビリテーション学部
    理学療法学科
  • 掲載:2011年6月10日

【論文の概要】

背景

脊髄損傷後の神経因性疼痛は十分に解明されておらず、治療に難渋する。この難治性疼痛のメカニズムの要因の可能性として、運動指令と感覚からのフィードバックの不一致が挙げられている。

目的

本研究は二つの目的で行なわれている。
一つ目は、3つの治療の比較である。この実験では自分自身が歩いている錯覚(virtual walking)を用いて、運動指令と感覚の不一致を修正することで痛みが減少するか検討する。
二つ目はvirtual walkingがさらなる研究の価値があるか判断するため、virtual walkingを用いた治療の経過報告を行なうことである。

StudyⅠ 研究デザイン

事前事後研究

StudyⅠ 方法と結果

対象は脊髄損傷後(胸髄-腰髄レベルの不全麻痺:ASIA B)の神経因性疼痛症例5例とした。
課題として以下の3つの条件を設定した。
  1. virtual walking(人が歩いているビデオをみて、自分が歩いているかのように錯覚する)
  2. イメージ(痛みがなくて、楽しい生活をしているイメージ)
  3. 映像観察(動物コメディーの映像を見る)

結果、1例はストレスのためvirtual walkingを行うことを中止した。VASはvirtual walking後に平均42mm(11-73mm)減少し、イメージ後に平均18mm(4-31mm)減少し、映像観察後に平均4mm(-4-11mm)減少していた。

StudyⅡ 研究デザイン

症例報告

StudyⅡ 方法と結果

対象は脊髄損傷後(胸髄-腰髄レベルの不全麻痺:ASIA B)の神経因性疼痛症例4例とした。
介入として、週に5日間を3週間、virtual walkingを行った。
結果、VASは介入後に平均53mm(45-61mm)減少し、3ヶ月後のフォローアップ時には平均43mm(27-58mm)減少した。

考察

本研究では3つの知見が得られた。
一つ目は脊髄損傷後にvirtual walkingを導入することによって痛みが減少すること。
二つ目はvirtual walkingが従来ほぼ治療することができないとみなされていた痛みに対する新しい治療であったこと。virtual walkingは4例では痛みが減少したが、残りの1例では痛みが増加し、ストレスが生じたこと。

本研究によって、運動指令と感覚の不一致を修正することが痛みを軽減させる可能性を示唆できたが、他の要因も考えられる。今後、virtual walkingによる介入後に長期間のフォローアップすることや痛みが軽減したメカニズムを検討する必要がある。

【解説】

Gustinら[1.]は脊髄損傷後(胸髄レベルの完全麻痺:ASIA A)の神経因性疼痛症例に対して、右足関節を底背屈させる運動イメージ(運動イメージしやすいように車のアクセル音を聞かす)を行うと痛みが広範囲に生じることを報告しており、このような運動イメージに伴う痛みを'Mental allodynia'と称している。
脊髄損傷症例に対して1人称運動イメージを行って痛みが増悪したGustinらとの違いとして、本研究では3人称運動イメージを用いている。運動イメージには大きく2種類あり、健常者において1人称運動イメージでは島が活動する傾向を認めたことに対し、3人称運動イメージでは島の活動は認められない。また、切断者における患側の1人称運動イメージでは島の活性化を認めるが、健側の1人称運動イメージでは島の活性化は認められない[2.3.]。
島の活性化は痛みに関与することが知られている。つまり、Moseleyが行なった3人称運動イメージでは感覚の中枢である島が活性化されないため、痛みが軽減した可能性があり、今後、難治性疼痛患者の治療に3人称運動イメージの導入も考慮すべきである。

【参考文献】

  1. Gustin SM, et al: Movement imagery increases pain in people with neuropathic pain following complete thoracic spinal cord injury. Pain 137: 237-244, 2008 Ruby P, et al: Effect of subjective perspective taking during simulation of action: a PET investigation of agency. Nat Neurosci 4: 546-550, 2001
  2. Rosen G, et al: Different brain areas activated during imagery of painful and non-painful 'finger movements' in a subject with an amputated arm. Neurocase 7: 255-260, 2001
  3. MacIver K, et al: Phantom limb pain, cortical reorganization and the therapeutic effect of mental imagery. Brain 131: 2181-2191, 2008

2011年06月10日掲載

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