平均値が及ばない:歩行する幼児は下肢長より大きくステップをする

Badaly D, Adolph KE.: Beyond the average: walking infants take steps longer than their leg length. Infant Behav Dev. 2008 Sep;31(3):554-8.

PubMed PMID:18282605

  • No.1201-2
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2012年1月4日

【論文の概要】

背景

長年、幼児の歩行の発達変化の主な指標として、歩幅(連続的なステップ間距離)が用いられている。この研究は各研究者によって調査結果は一致しており、初期歩行者は歩幅が著しく短く(~12㎝)、歩隔(~15㎝)よりも短い。歩幅は独歩から最初の数ヶ月の間に増大(~25㎝)し、歩行速度も増大(25㎝/s~80㎝/s)する。初期歩行者は姿勢制御や筋力の不足によって身体支持・安定性に影響し、歩幅が短くなっていると考えられている。下肢の振り出し中に幼児が身体を支持し、一側下肢で姿勢制御をするという効率的な戦略によって歩幅が増大することが示唆されている。

目的

歩行能力の計測の一般的な方法として、幼児の各歩行条件における平均値データが用いられる。研究者は数試行の平均値データを用いるため、各試行・各歩幅のデータについてはほとんど報告されていない。先行研究では平均値データを使用することによって個々の能力を無視している。しかしながら、平均値から外れた両極にあるデータは、幼児の姿勢制御と筋力の範囲の広がりについて知ることができる。したがって本研究では、幼児の能力の範囲の広がりについて検証した。

対象と方法

足圧データは、14ヶ月(14.01ヶ月±2週)の幼児164名(男87名、女77名)を用いた。構造化インタビューにて幼児が10feet(約3m)独歩した初日を聴取した。歩行経験は4~187日(平均71.40日)であった。幼児の足長(股関節-足関節)は30.80~37.70㎝(平均33.69㎝)であった。データ計測には足圧計測システムもしくはフットプリントの2つの方法を用いて歩行路を歩き、データ収集をしたが、歩幅と歩行速度の結果に有意差が見られなかったことから2つのデータを統合した。歩幅は下肢長で除して標準化データとした。

検査者はおもちゃなどで乳児を励まし、両親に向かって幼児を歩かせた。検査者は各試行のビデオテープを観察し、歩行の足取りの乱れ(立ち止まる、歩行路から外れる、クロス・ステップをするなど)は除外した。テスト信頼性のために2試行(4~22歩)実施し、合計328試行であった。

結果および考察

各幼児の試行について歩幅と歩行速度を平均すると、先行研究と同様の結果となった。つまり、幼児の歩幅は短く、さらに下肢長よりも短かった。また、歩行速度も比較的遅かった。さらに、歩行経験のある幼児は歩幅がより長く、歩行速度がより速い結果となり、ともに歩行経験と相関した。より速い歩行速度の幼児は歩幅がより長く、歩幅、標準化歩幅ともに歩行速度と相関した。

非平均値データでは平均値データよりも歩幅の結果範囲がかなり広くなった(歩幅の平均値データは全体の平均値データよりも歩幅の結果範囲は広かった)。初期歩行では最小歩幅は55名存在した。最も重要なことは、各試行と歩幅を個別に分析すると、実際に歩幅が下肢長を超える幼児が存在することである。標準化歩幅(1.0)より大きい歩幅(言い換えると下肢長よりも長い歩幅)をとる幼児は、そうではない幼児よりも歩行経験がより多く、歩幅の増加が歩行の発達への改善の指標であると言える。

下肢長より長い歩幅の幼児は短い歩幅の幼児よりも少なかった。データ上、2036ステップのうちわずか4.5%の幼児が下肢長を超えていた。しかし、164人の幼児のうち25.6%は少なくとも1回は下肢長よりも長い歩幅であった。そして、14.6%の幼児が非常に大きいステップが複数回できていた。

さらに、歩幅の長さがより多くの姿勢制御や筋力を反映しているという初期歩行者の仮説が以下に証拠として示されている。第1に、幼児は下肢長の限度を超えてステップした時に制御不能になったかのように転倒はしなかった。むしろ幼児は大きくステップするために十分に加速し、歩行路終了時点では立ち止まるために減速していた。第2に、大きな歩幅の幼児の場合、多くは先の発達段階の歩幅と同程度の歩幅水準になるという一貫性があることが示唆された。最後に、下肢長よりも長い標準化歩幅は連続ステップ中の72%に起こり、幼児が大きなステップをする前に、まず歩行速度を加速しなければならないことが示唆された。

【解説】

幼児の標準化下肢長に対する歩幅に関連した先行研究では、平均値データを用いて歩幅が下肢長よりも短くなると報告している。また、下肢長よりも大きくステップできるのは身体を一側下肢で支持できる幼児や年長児のみであると報告している。しかし、本論文では、初期歩行時にも多くの幼児が下肢長よりも大きく振り出し、一側下肢で身体を支持できることを示唆しており、平均値以外に、個々のステップを分析することの意義を示している。さらに、下肢長と身長の比率が個人によって異なることから、歩幅の標準化はできないことを述べ、平均値データへの過度の依存が幼児の姿勢制御や筋力を要する技能を覆い隠している危険性があることを示した論文である。
本研究は、平均値データではなく個別のデータを検証することによって評価・治療介入のヒントを得ることができる論文の一つであると考える。理学療法は個々の症例の問題となっている原因を分析し、問題点に対して臨床介入していく必要があることから、平均値データから外れるようなシングルケースに対応する臨床研究がなされ、効果検証をしていく必要があると考える。

【参考文献】

  1. Chang C-L, Kubo M, Buzzi U, Ulrich B. Early changes in muscle activation patterns of toddlers during walking. Infant Behavior and Development 2006; 29: 175-188.
  2. Ivanenko YP, Dominici N, Cappellini G, Lacquaniti F. Kinematics in newly walking toddlers does not depend upon postural stability. Journal of Neurophysiology 2005; 94: 754-63.
  3. Stansfield BW, Hillman SJ, Hazlewood ME, Lawson AM, Mann AM, Loudon IR, Robb JE. Normalisation of gait data in children. Gait & Posture 2003; 17: 81-87.
  4. Adolph KE, Vereijken B, Shrout PE. What changes in infant walking and why. Child Development 2003; 74: 475-497.
  5. Breniere Y, Bril B. Development of postural control of gravity forces in children during the first 5 years of walking. Experimental Brain Research 1998; 121: 255-262.

2012年01月04日掲載

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