運動は脊髄損傷後におけるニューロトロフィン類の濃度とシナプス可塑性を取り戻す

Ying Z, Roy RR, Edgerton VR, Gomez-Pinilla F. Exercise restores levels of neurotrophins and synaptic plasticity following spinal cord injury. Exp Neurol. 2005 Jun;193(2):411-9.

PubMed PMID:21846575

  • No.1203-2
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2012年3月1日

【論文の概要】

背景

ニューロトロフィン類は脊髄の修復を促す物質である。脊髄損傷後の運動回復のために、多くの研究は体外からニューロトロフィン類を中枢神経系に投与している。しかし、こうした方法は神経系自身がこのホルモン様物質を作れることを無視している。身体活動は中枢神経系内でニューロトロフィン類の合成につながる。したがって運動中に活動が高まる神経回路はニューロトロフィン類の一つ、脳由来神経栄養因子(BDNF)の濃度が高まった領域に接することが可能で、高いシナプス可塑性を示すと推察される。

目的

脊髄損傷ラットへの運動介入が、脊髄の損傷部位より下位でニューロトロフィン類合成の減少を抑制できるのか、シナプス可塑性そして神経線維の伸張に関連したタンパクの合成に影響を与えるのか、以上について調べることである。

材料と方法

2ヶ月齢のラットに未処置(対照群)あるいは中位胸髄での半側切断(半切群)を施した。半切群は、手術後1週で非運動半切群または運動半切群に分割した。運動半切群は、走行距離が経時的に記録可能な回転カゴが設置されたケージ内で飼育し、自発的に走行させた。ラットを実験開始後7035日(運動開始からは0028日後)の時点で屠殺した。屠殺後、腰髄を摘出し半切群は半切側、対照群は両側について以下の分析を行った。まず、ニューロトロフィン類であるBDNFとニューロトロフィン-3(NT-3)、BDNFによって合成や活性化がもたらされるシナプスタンパクであるシナプシンI、BDNFと結合することで外傷に対し神経保護に役立つとされる環状AMP応答配列結合タンパク(CREB)、神経線維の伸張に関わるタンパクである成長関連タンパク-43(GAP-43)の伝令リボ核酸(mRNA)、そしてタンパクの量を生化学的に測定した。次に腰髄横断面におけるBDNFの局在を組織学的に調べた。

結果

BDNFについて、mRNAは実験期間を通じて非運動半切群は対照群より減少していた。運動半切群では運動開始3日以降正常レベルにあった。実験終了時においてタンパク量をみると、非運動半切群は対照群の40%まで減少していたが、運動半切群は対照群より増加していた。またタンパク量は走行量に比例して増加していた。腰髄を顕微鏡観察すると、BDNFは前角細胞の細胞体とそれらが白質にのばした突起で観察された。BDNFに対する染色の強さを対照群と比べると、非運動半切群は低下、運動半切群は同等であった。

NT-3について、mRNAを対照群と比べると、非運動半切群はいずれの期間でも差を認めなかったが、運動半切群は実験終了時で上回った。実験終了時におけるタンパク量は、非運動半切群、運動半切群とも対照群と同程度であった。

シナプシンI、CREB、GAP-43それぞれについて、mRNAは実験期間を通じて非運動半切群は対照群より減少していた。運動半切群は時間の経過とともに増加した。実験終了時におけるシナプシンI、CREBのタンパクの量を対照群と比較すると、非運動半切群は減少、運動半切群は同程度であった。実験終了時におけるリン酸化型(活性化型)のシナプシン I、CREBタンパク量を対照群と比べると、非運動半切群は少なく、運動半切群は同程度ないしは高値をとった。

結論

自発運動は脊髄損傷後におけるいくつかのニューロトロフィン類の濃度を維持することができる。また、自発運動はBDNFに関連してシナプス可塑性をもたらすタンパクの量も維持することができる。以上から、脊髄損傷に対する運動介入による治療効果は、BDNFの作用を介して発揮されると考えられる。

【論文の位置づけ】

学習は医学的リハビリテーションを成功させる上で重要な位置を占める過程である。中枢神経障害において、失われた能力を代償動作の獲得により補うという方法はまさに学習を利用した戦略である。また近年、麻痺肢の機能障害が「学習された不使用」によって重度化していると考えられるようになり、その改善を目指したConstraint induced movement therapy(CI 療法)が登場するところとなった[1.]。学習は中枢神経障害の治療でのみ重要な過程ではない。整形外科疾患やスポーツの領域で課題となる動作の習熟は、学習を通して初めて成し遂げられる。
学習の形成は物質による制御を受けている。ニューロンの生存、神経線維の伸張・再生、シナプスの可塑性を促す物質として神経栄養因子と呼ばれる因子群が知られている。この因子群に属する小集団としてニューロトロフィン類と呼ばれる一団がある。BDNFはニューロトロフィン類に属する物質で、シナプスの伝達効率を向上させる能力を持つ[2.]。また、空間認知[3.]や学習能力[4.]を向上させることもできる。
本論文でも指摘されているが、従来、基礎研究でも臨床研究でも、BDNFを含む神経栄養因子を用いた治療では、これら因子を体外から注入するという手法がとられてきた。神経栄養因子は血液機能関門を通過できないので静脈注射のような全身投与は無効で中枢神経系に直接投与しなければならない。そのため注入は、麻酔下に行われる必要がある、基底核のように深部に存在する中枢に注入しようとすると他の領域に犠牲を強いることになる、といった問題を持っている。これに対し運動は、外からの投与が無くても、海馬[3.]、脊髄[本論文]、筋[5.]でBDNFの生合成を促進することが知られている。この生合成は、本論文でも示されていたように、運動量に比例して増加する。したがって、運動という安全かつ安価な方法で運動能力のみならず学習能力や神経機能の賦活化が果たせるのである。しかもその治療法を行使・指導する主要な治療者は我々理学療法士なのである。
BDNFを介した神経機能の改善を、運動療法を通じて図ろうとする上では未知の部分が多い。前述のようにBDNFの生合成は運動量に比例して増大する。しかし我々が治療の対象としている人々には、身体機能の低下ため実行できる運動の種類、量に制約がある。運動の種類・量・開始のタイミングがBDNFの生合成と神経機能の改善がどのような影響を与えるのかについて基礎情報を集積することで、より有効な運動療法が確立されると考えられる。

【用語解説】

シナプシンⅠ 
シナプス間隙への神経伝達物質の放出を制御するタンパクである。神経終末に存在し、シナプス小胞と結びついている。平時はシナプス小胞を神経終末内にとどめる機能を果たしているが、リン酸化されると小胞をシナプス間隙に放出する。その結果、小胞内にある神経伝達物質がシナプス間隙に放たれることになる。
環状AMP応答配列結合タンパク(CREB) 
空間認知や長期記憶の形成に関わるタンパクで、これら機能の制御に関わるタンパクがニューロンで合成される際に開始を合図する。
成長関連タンパク-43(GAP-43) 
神経線維の伸張・再生の制御に関わるタンパクである。伸長中の神経線維は、先端がアメーバ状に広がり運動しながら伸張していく。このアメーバ状の形態と運動性はアクチンフィラメントによってもたらされるが、その形態をGAP-43が安定化させている。

【参考文献】

  1. Oujamaa L, Relave I, Froger J, Mottet D, Pelissier JY. Rehabilitation of arm function after stroke. Literature review. Ann Phys Rehabil Med. 2009 Apr;52(3):269-93.
  2. Levine ES, Dreyfus CF, Black IB, Plummer MR. Brain-derived neurotrophic factor rapidly enhances synaptic transmission in hippocampal neurons via postsynaptic tyrosine kinase receptors. Proc Natl Acad Sci U S A. 1995 Aug 15;92(17):8074-7 (open access).
  3. Griesbach GS, Hovda DA, Gomez-Pinilla F. Exercise-induced improvement in cognitive performance after traumatic brain injury in rats is dependent on BDNF activation. Brain Res. 2009 Sep 8;1288:105-15 (open access).
  4. Liu YF, Chen HI, Wu CL, Kuo YM, Yu L, Huang AM, Wu FS, Chuang JI, Jen CJ. Differential effects of treadmill running and wheel running on spatial or aversive learning and memory: roles of amygdalar brain-derived neurotrophic factor and synaptotagmin I. J Physiol. 2009 Jul 1;587(Pt 13):3221-31 (open access).
  5. Gomez-Pinilla F, Ying Z, Roy RR, Molteni R, Edgerton VR. Voluntary exercise induces a BDNF-mediated mechanism that promotes neuroplasticity. J Neurophysiol. 2002 Nov;88(5):2187-95 (open access).

2012年03月01日掲載

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