直線偏光近赤外線照射が反復性把持運動後の筋疲労回復に及ぼす影響

Demura S, Yamaji S, Aoki H, Motosuke K: Effect of linear polarized near-infrared light irradiation on muscle fatigue recovery after repeated handgrip exercise. Journal of Human Ergology. 37(1): 35-43, 2008.

PubMed PMID:19157158

  • No.1309-1
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2013年9月1日

【論文の概要】

背景

 アスリートなどのパフォーマンス維持のために筋疲労の速やかな回復を図ることは重要である。筋疲労回復のための手段としては、ストレッチングやマッサージ、低負荷の運動などにより疲労が生じた筋の血流量を積極的に増加させることで乳酸などの筋疲労と関連する代謝産物を除去する方法が効果的とされている。一方、筋血流量を増加させるという観点では、生体深達性が高く深部熱作用が期待される直線偏光近赤外線(以下、PL)照射も有効なのではないかとの指摘があった。しかし、PL照射と筋疲労回復との関連性に注目した研究は殆ど行われていなかった。

目的

 本研究では、PL照射が「最大負荷での反復性把持運動(maximal repeated rhythmic hand gripping:以下、RRH)」の実施により生じた筋疲労の回復ならびに生理学的反応に及ぼす影響について検討することを目的とした。

方法

 対象は、健常者20名(女性10名、男性10名)とした。実験はクロスオーバーデザインを採用し、各対象者に対して“PL照射”と“プラセボ照射”の2条件を実施順序を無作為とした上で日を改めて実施した。実験手順の概要については、対象者は各条件ともに安静座位を10分間保持した後、デジタル握力計を用いた利き手の最大握力の測定を受けた。次に、対象者は、筋疲労課題として利き手でのRRH(最大握力でのデジタル握力計の把持運動を1分間に30回反復する)を9分間実施した(以下、W1)。その後、対象者は、休息期間として20分間のPL照射もしくはプラセボ照射を受け、引き続き前述のRRHを3分間実施した(以下、W2)。PL照射およびプラセボ照射にはPL治療器(Super Lizer HA-30、東京医研)を使用し、RRHに関わる利き手の前腕の屈筋群(浅指屈筋、橈側手根屈筋、長掌筋)の運動点に対して半径10mmのスポット照射を照射5秒、休止1秒のサイクルで20分間実施した。なお、照射出力は、PL照射では使用機器の最大出力となる1.8W、プラセボ照射では最大出力の10%に設定した。実験中の測定項目は、筋疲労に関する指標としてRRH実施中の握力と自覚的な筋疲労感(修正Borgスケールにて測定:以下、Fs)、生理学的反応に関する指標として血中乳酸値(利き手の示指指尖部にて測定:以下、La)と筋酸素動態(利き手の浅指屈筋筋腹中央にて近赤外線分光法を用いて総ヘモグロビン量、酸化ヘモグロビン量、還元ヘモグロビン量を測定:以下、Total-Hb、Oxy-Hb、Deoxy-Hb)、皮膚温(利き手の浅指屈筋筋腹中央にて測定)とした。

結果

 W1とW2の間での最大握力の減少率およびFs、Laについては、プラセボ照射と比較してPL照射で低下する傾向を示したものの、2条件間で有意差は認められなかった。一方、皮膚温については、プラセボ照射中と比較してPL照射中の13~20分において有意に高い値を示した。筋酸素動態については、総じてPL照射中と比較してプラセボ照射中で低値を示し、特にTotal-Hbについては8分、9分、11分、19分、Oxy-Hbについては7分、11分、18分、19分において有意に低値を示した。

考察

 本研究では、PL照射に伴う皮膚温の上昇に加えて、筋酸素動態に反映される筋血流量の増加を認めたものの、PL照射による筋疲労の迅速な回復を証明することは出来なかった。しかしながら、本研究で認められたPL照射に伴う皮膚温の上昇は皮膚血流量の増加を示唆する所見であり、筋血流量の増加とともにPL照射により筋疲労の原因代謝産物と考えられるLaの除去を加速し得る可能性は捨てきれないと思われる。加えて、本研究で使用したPL照射では、筋疲労回復の程度が結果に反映される程の十分なものではなかった可能性も考えられ、介入方法の再考も含めて今後の更なる検討が必要であろう。

【解説】

 近年、筋力増強練習などの実施前に“warm-up”を意図して温熱療法等の物理用法を施行することで疲労耐性やパフォーマンスの向上を図る手法が注目されており[1]、一部では良好な結果も報告されている[1][2]。本研究は、生体深達性に優れ深部温熱作用も期待出来るPLを運動実施後の筋に照射することにより、筋疲労の迅速な回復が可能か否か検討したものである。いわば、“warm-up”とは対照的な“cool-down”としてのPLの有効性を検討した大変興味深い研究である。
 本研究で使用されたPL治療器の照射出力は、論文中にも記載されている通り最大で1.8Wであるが、この程度の照射出力のPLを適用した先行研究等では照射出力の弱さから目的とした十分な介入効果が得られなかったと指摘している論文も少なくない[3][4]。本研究でも、PL照射により筋疲労の回復促進に必要と考えられる要素、すなわち、皮膚および筋血流量の増加やLaの低下傾向はある程度認められたものの、十分な効果を示すことが出来なかった要因としてPLの照射出力不足が関与していた可能性は考慮されるべきであろう。
 最近では、本研究で使用されたPL治療器と比較してPLの照射出力を飛躍的に向上させた機器(10W)が登場している。また、PL治療器を含む近赤外線治療器に広く目を向けると、PL治療器よりも強い照射出力を提供し得る「キセノン光治療器(18W)」もあり、いずれの機器を用いた研究でも筋血流量の有意な増加や筋伸張性の有意な向上を引き起し得たと報告している[5][6]。今後は、このような新しい近赤外線治療器を活用した上で、近赤外線照射に伴う筋疲労回復促進の可能性を検討してゆくことが望まれる。

【参考文献】

  1. Bishop D: Warm up I: Potential mechanism and the effects of passive warm up on exercise performance. Sports Med 33(6): 439-454, 2003.
  2. 湯浅敦智, 吉田英樹:運動前の温熱刺激が筋疲労耐性に与える影響. 理学療法科学 27(6): 623-627, 2012.
  3. Basford JR, Sandroni P, Low PA, Hines SM, Gehrking JA, Gehrking TL: Effects of linearly polarized 0.6-1.6 microM irradiation on stellate ganglion function in normal subjects and people with complex regional pain syndrome (CRPSI). Lasers Surg Med 32(5): 417-423, 2003.
  4. Lee CH, Chen GS, Yu HS: Effects of linear polarized light irradiation near the stellate ganglion in skin blood flow of fingers in patients with progressive systemic sclerosis. Photomed Laser Surg 24(1): 17-21, 2006.
  5. 竹内伸行, 竹迫信博, 柿沼優子, 臼田滋:直線偏光近赤外線の高強度パルス照射が筋緊張に与える効果:脳血管障害患者の足関節底屈筋による検討. 理学療法学 40(大会特別号3): P-C物療-012, 2013.
  6. 齋藤茂樹, 吉田英樹, 前田貴哉, 岡本成諭子, 佐藤菜奈子, 佐藤結衣:骨格筋へのキセノン光照射が筋伸張性に及ぼす影響. 理学療法学 40(大会特別号3): P-C物療-005, 2013.

2013年09月01日掲載

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