脳卒中後片麻痺患者の歩行パターン修正における神経発達学的治療に基づいた歩行練習の効果

Vij,J.S. & Multani,N.K:Efficacy of Neuro-Developmental Therapy Based Gait Training in Correction of Gait Pattern of Post Stroke Hemiparetic Patients. Journal of Exercise Science and Physiotherapy, Vol. 8, No. 1: 30-38, 2012

PubMed PMID:

  • No.1312-1
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    健康福祉学部理学療法学科
  • 掲載:2013年12月2日

【論文の概要】

背景

 脳卒中患者は固有感覚や筋力、運動制御、関節可動域、感覚、筋緊張、バランスなど様々な障害を呈す。歩行は、脳卒中患者の多数で可能となるが、正常の状態に戻ることは非常に稀である。歩行能力は患者が元の活動レベルに戻れるかどうかを左右する重要な因子である。ゆえに、脳卒中リハビリテーションにおいて歩行練習に多くの時間が割かれ、歩行の修正と再教育は重要な理学療法介入である。成人片麻痺者の運動療法にはいくつかのアプローチがあるが、神経発達学的治療(NDT)としても知られるボバースコンセプトは多くの国で幅広く用いられている。しかし、その効果には疑問が残り、NDTの効果的なエビデンスの構築が必要である。これまで、片麻痺患者におけるNDTの効果、特に歩行の修正においてその効果を検証してきた研究者はほとんどおらず、脳卒中後の歩行再教育に効果的な治療戦略は明らかにされていない。

目的

 脳卒中後片麻痺患者におけるNDTに基づく歩行練習が歩行パラメータの量的、質的改善にもたらす効果を検討することである。

方法

 対象は、歩行補助具の有無に関わらず、発症後4-6週間経過した10m以上歩行可能な脳卒中後片麻痺患者24名(男性20名、女性4名)、平均年齢56.13歳(40-70歳)とした。
患者が歩行を再獲得した後1週間以内に歩行パターンを10m歩行テスト(快適速度)にて評価し、歩行   ​ 速度や歩幅、ストライド長、ケーデンス、足圧領域を量的な歩行評価として測定した。また、質的な歩​行評価としてWisconsin Gait Scale (WGS)を用い、modified Ashworth scaleにより痙性を評価した。対象者は、便宜的にA群(通常の理学療法に加えてNDTに基づく歩行練習を行う)とB群(通常の理学療法のみ)の2群に分けられた。対象者は約40分間練習を、1週間で5日、計8週間の理学療法プログラムを受けた。8週間の介入終了後に再度歩行パラメータの評価を行った。
​ 統計学的解析は、介入前後の歩行パラメータの2群間の差の検定には対応のあるt検定を行い、介入後の2群間の歩行パラメータの変化量の差の検定には対応のないt検定を行った。

結果

 麻痺側の歩幅(A群; t=6.82,p<0.0001、B群; t=4.25, p=0.0017)と非麻痺側歩幅(A群; t=7.27,p<0.0001、B群; t =4.78, p=0. 0007)、ストライド長(A群; t=7.63,p<0.0001、B群; t=4.41, p=0.0013)、歩行速度(A群; t=3.34,p=0.0075、B群; t=4.69, p=0.0009)とケーデンス(A群; t=4.56,p=0.0010、B群; t=6.08, p=0.0001)で、B群もA群も介入後に増加した。さらに、WGSスコア(A群; t=6.44,p<0.0001、B群; t=5.86, p=0.0002)では2群とも有意に改善したが、痙性においてはA群でのみ有意に減少した(MAS窶滴ip, t=3.46, MAS窶適nee, t= 3.73, MAS窶鄭nkle, t=3.73)。しかし、足部の圧領域は有意差を示さなかった。
 また、介入後の2群間の変化量に関しては、麻痺側歩幅(t=3.94, p=0.0008)と非麻痺側歩幅(t=4.31, p= 0.0003)、ストライド長(t=5.1, p= 0.0001)、WGSスコア(t=2.28, p=0.0335)において、A群で有意な改善を示した。

考察

 本研究から、通常の理学療法に加えてNDTに基づく歩行練習が通常の脳卒中リハビリテーションプログラム単独よりも、歩行パラメータの改善においてより高い効果をもたらすことを明らかにした。これは、片麻痺患者の主な問題点である“異常筋緊張”や“運動パターンの協調性異常”にNDTが効果的であり、筋緊張の正常化が歩行のような機能的活動を行う準備として必要であると考えられる。NDTアプローチの特徴である選択的な運動制御の促通が、ステップ長やストライド長のより有意な改善につながったと考えられる。さらに、歩行速度に関しても同様である。また、NDTに基づく歩行練習を加えた介入のほうが、量的な歩行パラメータだけでなく、WGSスコアのような質的なパラメータの改善を認めたことも興味深い。NDTの様々なエクササイズは、結果として麻痺側の運動回復や機能活動の改善をもたらした。
 ゆえに、NDTに基づく歩行練習を加えると、脳卒中後片麻痺患者の歩行修正や歩行の再教育においてより高い効果を認めた。NDTは歩行の対称性を改善するとともに、歩行パターンの正常化において有用である。

【解説】

 本研究から通常の理学療法にNDTに基づく歩行練習を加えることにより、脳卒中後片麻痺患者における歩行能力の量的、質的データの向上を認めることが示された。また、NDTに基づく歩行練習を行うことにより痙性を低下させ、歩容の向上を認めたことは非常に興味深く、これらはDaviesが運動の選択的制御の促通や対称的なパターンを伴う正常歩行を再獲得することに焦点をあてた1)、まさしくNDTの特徴であり長所であると考えられる。
 脳卒中治療ガイドライン2009では、neurodevelopmental exerciseなどのファシリテーション(神経筋促通手技)は、行っても良いが伝統的なリハビリテーションより有効であるという科学的な根拠はない(グレードC1)と報告している2)。また、先行研究においてもNDTに基づく歩行練習の効果は一定の見解が得られていないのが現状である。これに対して、本研究は脳卒中患者における神経発達学的治療に基づく歩行練習の有効性を示した点で非常に価値が高い。ただし、本研究において対象の割り付け方法や各群の運動機能レベル、治療者の詳細、NDTに基づく歩行練習の具体的な方法などの明記がなく、バイアスの配慮や臨床における汎用性の点においてやや疑問符が残る。
 今後とも本研究のようにファシリテーションの有用性を示すようなエビデンスレベルの高い研究が多く行われ、推奨グレードが向上することを期待したい。

【参考文献】

  1. Davies.P.M, 2000. Steps to follow - the comprehensive treatment of patients with hemiplegia. Springer-Verlag: Berlin Heidelberg.
  2. 篠原幸人、小川 彰、他:脳卒中治療ガイドライン2009.協和企画,東京,2010,pp294-295.

2013年12月02日掲載

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