肺動脈性肺高血圧症(PAH)における運動トレーニングとリハビリテーション:理論的根拠と現行報告の評価

Zafrir B. Exercise training and rehabilitation in pulmonary arterial hypertension: rationale and current data evaluation. (Review). J Cardiopulm Rehabil Prev 2013 33(5): 263-273. doi: 10.1097/HCR.0b013e3182a0299a.

PubMed PMID:23962982

  • No.1502-2
  • 執筆担当:
    鹿児島大学医学部
    保健学科理学療法学専攻
  • 掲載:2015年2月2日

【論文の概要】

背景

 肺動脈性肺高血圧症(PAH)は慢性進行性疾患であり、患者は労作性呼吸困難、疲労、不活動性の増加、さらなる症状の悪化を来し、体調不良などの苦しみが続く。近年、十分管理、監視された運動トレーニングプログラムは状態が安定したPAH患者の運動耐容能の改善、QOL改善において効果的であることが示された。これらの報告により、長期的な包括的医療としてPAH患者に対する運動トレーニングの重要性が認識されている。

目的と方法

 このレビューの目的はWHO分類I度―IV度のPAH患者に対する運動トレーニングが安全かつ有効であると示唆するこれまでの臨床的なエビデンスを評価することである。
 PAH患者の運動トレーニングの安全性や効果を支持する新しい臨床データから、PAH患者の運動耐容能低下のメカニズムを示し、COPDや慢性心不全に対する心肺リハビリテーションのエビデンスに基づいたPAHに対する運動トレーニングやリハビリテーションの臨床的な方向性を示した。

結果

1.PAH患者における運動耐容能の障害
PAH患者では最大酸素摂取量を減少させ、無酸素性代謝閾値(AT)の発現を早め、換気量を増加させることが報告されている。死腔換気は一般に肺血管疾患で増加し、呼気終末の二酸化炭素の部分圧は有意に減少し、患者は運動中しばしば非飽和状態になる。これらの生理学的な過程は機能的な耐容能を減少させ、ADL能力を減少させる。肺高血圧症の臨床症状として、胸痛、めまい、失神、労作性呼吸困難、脱力、疲労があり、患者はPAHの進行と関連して、あるいは独立して健康関連QOLの有意な低下を示す。
 肺動脈の病理的変化は心臓と骨格筋の機能連鎖に影響する。PAH患者では血管拡張能に障害があり、運動中に肺動脈を拡張させ肺血管抵抗を減少させる能力や肺血流や心拍出量を増加させる能力が消失している。PAH患者の運動中に増加した肺動脈圧と肺血管抵抗はガス交換の減少を生じ、必要となる心拍出量を増加させ右心室の作用不全を起こす。右心室は外見上、肺動脈圧や後負荷が増加する能力を制限され、右心室不全を生じ、最終的には運動中の左心拍出量を減少させる。これは、さらに労作性の症状を高め、運動耐容能の低下を生じる。
 PAH患者の運動耐容能の減少や労作性呼吸困難の生理学的メカニズムには、換気/環流不適合による肺でのガス交換効率の低下、分時換気量の増加、一酸化炭素の拡散能の減少、低酸素症、組織への酸素運搬の減少が考えられる。有酸素から無酸素状態へのATP産生は解糖系の引き金となり、ATの早期の到達により早期の乳酸産生の引き金となる。血管内皮細胞の機能不全もPAH患者に起こり、これは予後に関係し、運動耐容能の低下と関係がある。
 血流の減少や動脈の低酸素症は骨格筋への酸素運搬を減少させ、骨格筋の弱化や疲労に影響する。骨格筋の変化がPAH患者にはみられ、運動耐容能の低下に関係している。筋が萎縮するとタイプ1線維が減り、有酸素エネルギー代謝に比べ無酸素性の能力が高くなる、炎症はPAHの病理変化の中で重要であり、種々の病気がPAHに関係している。全身的な炎症活動や骨格筋の局所的な炎症は筋代謝や筋力に影響し、PAHの筋機能不全に影響する重要な要因である。

2.運動トレーニングの影響:心不全と肺疾患リハビリテーションとの関係
 COPDや慢性心不全において、有酸素運動、抵抗運動、呼吸筋トレーニングは肺、心臓、骨格筋の生理的機能を改善する。右心不全患者に対する研究では運動耐容能の改善、QOL改善、入院日数の短縮などの有効性が報告されている。慢性心不全患者の運動トレーニングの生理学的有効性として、炎症性サイトカインの減少、内皮機能の改善、迷走神経トーンの向上や低い交感神経トーン、骨格筋の酸化能力の増加が報告されている。PAH患者でも心不全で観察される症状である心肺の障害、血流動態の障害、また末梢の筋の障害を共有しているので同様の効果を期待できる。
 心不全患者の運動トレーニングの有効性は相対的に最大酸素摂取量の50-70%の仕事率や各セッション30分の短い運動トレーニングのような中等度の有酸素運動の強度で達成される。これはPAH患者でも適した設定であり、高強度の運動に関連した危険も減少する。慢性心不全患者に対する抵抗運動はリハビリテーションの基本的な部分であり、骨格筋の表現型を変化させる。しかしながら、等尺性運動は労作性の失神を生じるかもしれないのでPAH患者のトレーニングとして避けた方がよい。PAHに対する運動トレーニングプログラムの小規模研究では、安全な方法として低負荷(500g-1kg)の個別の筋に対するダンベル運動が行われている。
 安定したCOPD患者へは呼吸リハも安全に行え、症状改善に効果があると証明されている。これはPAH患者も同様である。さらに、慢性全身性疾患の状態は鬱病と関連し、病気の進行により増加しており、PAH患者でも観察され、機能制限は心配事や鬱を生じる。リハビリテーション介入プログラムは鬱症状を緩和するのに効果あることが示されており、PAH患者にも同様に効果的である。

3.PAHと慢性血栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する運動トレーニング
 PAH患者に対する心肺リハビリテーションの最初の報告は2005年にあり、個発性PAHと進行した心不全(NYHA分類Ⅲ度―Ⅳ度)の若い患者に対して、プロスタサイクリンを持続静脈投与して心肺リハ(筋力強化と有酸素運動、呼吸運動)を行い、心機能の悪化や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)のレベルに変化がなく運動機能や機能分類の改善を認めたと報告している1)。Merelesら2)が、PAHやCTEPH患者に対する呼吸練習や低負荷の運動トレーニングの安全性や有効性を報告した。その他の研究では、運動トレーニングは高負荷に対するATの変化や運動時間や四頭筋筋力、耐久性の増加を伴って運動耐容能を改善させることを報告している。この患者の何人かは、筋生検により筋線維あたりの毛細血管の増加や筋線維の酸化酵素活性の増加を示し、さらに個発性のPAH患者はタイプⅡ線維を減少させ、筋線維の特徴を改善させた。これは、PAHは骨格筋機能の障害と関連し、運動によって改善することを示している。
 Foxら3)は、安定期で治療中の外来患者のPAHやCTEPH患者のリハプログラムにおいて、1日1時間の運動トレーニングは6分間歩行距離、最大酸素摂取量を改善し、研究中病状の悪化などは見られなかったが、心拍出量は改善しないことを報告した。これは運動リハが安定したPAH患者の歩行状態の治療に効果的で安全に行えることを示している。
 Grüningら4)の研究グループは、膠原病性PHや先天性心疾患に関連したPAH、CTEPHにおけるコホート研究を行っており、膠原病関連PAHでは、3週間の病院内でのトレーニングと12週間の外来トレーニング後に6分間歩行距離やQOL、生存率の改善がみられた。CTEPH患者でも類似した効果を示し、この患者群では病院での3週間の運動後にBNPレベルの有意な改善が見られ、生存率も改善した。
 種々の病因要素をもつPAH患者183人を対象とした研究でも運動トレーニングの有効性が認められ、運動の効果は病因に関係しないことを示した。この症例にはWHO分類Ⅳ度の患者も含まれており、病院での3週間の運動トレーニングや自宅でのトレーニングも行ったが、3週間に急性気管支感染により13%が症状の悪化を認め、2例が失神し、6例が失神しそうになった。この有害事象は病院での3週以内に起こり、自宅での運動トレーニングでは報告されなかった。この研究はPAHのリハプログラムは注意深く管理して行うべきだとしている。

考察

 PAH患者の運動は安全に行えるが、気絶、胸痛、高血圧、不整脈などのエピソードがある重度のPAH患者には禁忌であると考えられる。薬物治療が行われている安定したPAH患者に対する低負荷と中等度負荷を組み合わせたトレーニングは、症状の悪化や有害事象の発生が低く、短期間に運動耐容能を改善し、QOLを向上することを支持している。しかし、重度な患者には急性期の有害な出来事が低いかもしれないが起こる。よって、運動トレーニングは十分な管理をしなければならない。しかし、これまで家庭でのリハビリテーションによって有害事象が起こることは報告されていない。

【解説】

 このレビューではPAH患者の運動耐容能低下の病態メカニズムを提示し、PAH患者に対するリハビリテーションの安全性や有効性に関して、COPDや心不全患者のリハビリテーションのエビデンスと比較してまとめている。PAH患者の病態メカニズム、運動トレーニングやリハビリテーションの有効性を理解するのに貢献すると思われる。PAH患者の運動トレーニングに関する報告は限られており、今後、大規模で、長期的なRCTの研究が必要である。実行可能性、有効性、持続性、運動の安全性、生存率、再入院率、右心機能への影響などをさらに検討していく必要がある。PAH患者に対するトレーニング強度は、今後さらに適した運動強度を調べた研究が出るまで、過度な労作性の症状が出ない程度のレベルに維持されるべきである。

【参考文献】

  1. Uchi M, Saji T, et al.: Feasibility of cardiopulmonary rehabilitation in patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension treated with intravenous prostacyclin infusion therapy. J Cardiol. 2005; 46: 183-193.
  2. Mereles D, Ehlken N, et al.: Exercise and respiratory training improve exercise capacity and quality of life in patients with severe chronic pulmonary hypertension. Circulation. 2006; 114: 1482-1489.
  3. Fox BD, Kassirer M, et al.: Ambulatory rehabilitation improves exercise capacity in patients with pulmonary hypertension. J Cardiac Fail. 2011; 17: 196-200.
  4. Grüning E, Ehlken N, et al. : Effect of exercise and respiratory training on clinical progression and survival in patients with severe pulmonary hypertension. Respiration. 2011; 81: 394-401.

2015年02月02日掲載

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