皮膚の触覚刺激はラットの側坐核でドーパミン放出を増加させる

Maruyama K, Shimoju R, Ohkubo M, Maruyama H, Kurosawa M:Tactile skin stimulation increases dopamine release in the nucleus accumbens in rats.J Physiol Sci 2012 May ; 62(3):259–66

PubMed PMID:22411566

  • No.1508-2
  • 執筆担当:
    鹿児島大学医学部
    保健学科理学療法学専攻
  • 掲載:2015年8月1日

【論文の概要】

背景

皮膚の触覚刺激は様々な身体の機能に影響を与える。それらは、未熟児の成長を促進する、呼吸と免疫応答が改善する、血圧と脈拍が減少する、副腎皮質のカテコールアミン(アドレナリン)が減少する、脊髄の血流が増加する、分娩時の痛みがコントロールされる、等である。また、触覚刺激は心理的な効果もあり、リラクゼーション、分娩時の不安や憂鬱の緩和、癌患者の疲労、心配、気分障害などを減少する。これらの効果はドーパミンまたはセロトニンによるものか、尿で調べられた報告はあるが脳の中での変化を直接示した報告はない。

目的

 接触療法の身体的効果を確立するには、実際に脳の中で神経伝達物質が変化することを示す必要がある。腹側被蓋野から側坐核へのドーパミン性投射は動機づけと報酬過程において主要な役割を果たすと考えられる。さらに、側坐核のドーパミンは不安と憂鬱における重要な役割を果たす。

方法

 対象は雄のWistar rats 36匹とし、体重は270–350gであった。「慣れたラット」は少なくとも実験の2週間前から毎日5分から10分間慣らすためになでられた。「未経験ラット」は皮膚刺激を全く行わないようにした。実験の3日前にペントバルビタールで麻酔して、マイクロダイアリシス法でドーパミン濃度を測定するためにガイドカニューレを左の側坐核に固定した。ガイドカニューレの固定後3日間実験用のケージに入れられた。実験は麻酔下と覚醒下で行われ、麻酔はウレタンを使用して自発呼吸のために気管に挿管した。実験中の麻酔の深さは角膜や屈曲反射で確認した。皮膚刺激の撫でる圧は過去の研究から80–100 mmH2Oとした。前肢は肩と手関節の間、背中は肩甲骨と腸骨稜の下角の間、後肢は鼠蹊部と膝関節の間とし、腹部は剣状突起と腸骨稜の間とし弱い力は15mmH2Oで行った。刺激の圧はバルーンを押して感覚を覚えて行った。刺激時間は5分間で4~5 cm/sの速さで65–75 strokes per min (1.08–1.25 Hz)の頻度で行った。覚醒下では左手で首のところを押さえて右手で軽く撫でた。有害な刺激は鉗子で同じ領域を5分間、3–5 kgの力で挟んだ。それぞれ3回ずつ行い、平均値を記録した。腹側被蓋野の損傷では、実験の2~3時間前に電気的に損傷された。プローブの位置を確認するため摘出した脳を2週間以上固定し、切片を作成してHE染色で確認した。統計はStudent’s t test またはANOVA後にダネットの多重比較検定を行った。

結果

 麻酔して両背部へ皮膚刺激を行った結果は、麻酔するが刺激しないsham群のデータは安定しており、麻酔して刺激した群のデータは有意に増加した。また、腹側被蓋野を損傷した群では変化がみられなかった。部位による違いは、腹部を除いた部位では有意な増加がみられた。腹部は圧を弱くしたら有意な増加が観察できた。背中の対側、同側刺激の違いによる変化は、対側刺激では有意に増加したが、同側刺激では変化がみられなかった。有害な刺激である挟んだ時の変化は、背中に対する刺激では有意な変化がみられず、他の部位でも同様に有意な変化はみられなかった。「慣れたラット」と「未経験ラット」の覚醒下で背側を刺激した結果は、両方とも刺激中と刺激後5分と10分まで有意な増加がみられた。

考察

 側坐核のドーパミンは報酬系に深く関与している事が知られているが、ストレスや運動でも増加するという報告がある。そのため覚醒刺激を除去するために麻酔下で実験をして変化を確認した。側坐核への主な入力として、前頭前野、扁桃体、海馬からのものや、扁桃体基底外側核のドーパミン細胞から中脳辺縁系を経て入力するもの、視床の髄板内核、正中核からの入力がある。皮膚からの刺激の影響かを確認するため、報酬系で知られている腹側被蓋野の経路を検討した。腹側被蓋野を損傷させると触刺激の影響がなくなった。また、有害刺激での変化を確認したところ、有害刺激では変化なく報酬系の可能性が大きいと考えられた。更に背側刺激で反対側のみ影響があることから入力系の確認ができた。麻酔の影響も考えて覚醒下でも検討し、同時に慣れと未経験でも比較した。覚醒下でも麻酔下と同じように影響があったが、経験の有無についての違いは認められなかった。

【解説】

 本研究は、第50回日本理学療法学術大会でご講演なさった、黒澤先生の教室で行われた実験である。動物実験ではあるが、皮膚の接触が与える影響を側坐核のドーパミン濃度変化で検証しており、いわゆる「手当」の効果を科学的に証明しようとした点が、臨床的で非常に興味深い研究である。また、実験結果の信憑性を高めるために、入力経路の確認、ストレス刺激との関係など、様々な角度から検証を重ねる手法は大変参考になる。また、実験条件についても細かい心配りが見うけられ、ラットの取り扱いにも精通している様子が想像できる。今後、実験計画を考える上で、大変参考になる優れた研究だと思われる。

【引用・参考文献】

  1. Mathai S, Fernandez A, Mondkar J, Kanbur W (2001) Effects of tactile-kinesthetic stimulation in preterms: a controlled trial. Indian Pediatr 38:1091–1098
  2. Rojas MA, Kaplan M, Quevedo M, Sherwonit E, Foster LB, Ehrenkranz RA, Mayes L (2003) Somatic growth of preterm infants during skin-to-skin care versus traditional holding: a randomized, controlled trial. J Dev Behav Pediatr 24:163–168
  3. Field T, Hernandez-Reif M, Diego M, Schanberg S, Kuhn C (2005) Cortisol decreases and serotonin and dopamine increase following massage therapy. Int J Neurosci 115:1397–1413

2015年08月01日掲載

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