神経可塑性における脳梗塞後の有酸素運動の影響:動物モデルと臨床研究のシステマティクレビュー

Ploughman M, Austin MW, Glynn L, Corbett D. The effects of poststroke aerobic exercise on neuroplasticity: a systematic review of animal and clinical studies. Transl Stroke Res. 2015 Feb; 6(1):13-28. doi: 10.1007/s12975-014-0357-7.

PubMed PMID:25023134

  • No.1510-2
  • 執筆担当:
    鹿児島大学医学部
    保健学科理学療法学専攻
  • 掲載:2015年10月1日

【論文の概要】

背景

 有酸素運動は神経栄養因子、神経可塑性、認知に影響する行動学的介入の一つであり、脳卒中による回復や神経可塑性を促進する可能性があるが、神経可塑性を測定する適切な方法や運動の効果は完全には解明されていない。脳梗塞モデル動物を使用した研究において、脳由来神経栄養因子(BDNF)、インスリン様成長因子1(IGF-1)、神経栄養因子(NGF)のような神経栄養因子群が脳梗塞後4週以内に劇的に増加し、「神経可塑的な環境」を作っている。BDNFはシナプス形成や神経成長のような活動依存的過程に仲介される分泌タンパクに属する。IGF-1の増加は神経回復に関係しており、NGFは感覚ニューロンや交感神経ニューロンの成長や生存、脳梗塞後の可塑性や回復を促進する。動物モデル研究は脳梗塞後の脳内の分子事象を解明する。脳梗塞後の有酸素運動の効果を調べたほとんどの研究は動物モデルを使用しており、人における神経栄養因子群や非侵襲的な脳イメージのような神経可塑性を調べる適切な方法は知られていない。また、運動の種類、開始時期、頻度、強度も完全には解明されていない。

目的

 このレビューでは、①神経可塑性の指標(神経栄養因子群、神経再生)に影響する有酸素運動の限界、②神経可塑性を生じるのに要求される適切な運動指標、③臨床試験のデザインに情報を与える動物モデル研究を調べ、動物と人の研究結果の再調査とその統合を目的とした。

方法

 2013年12月までの英語で記載された論文をCINAHL, PubMed, PsychInfo, Cochran Libraryより検索し、PRISMAガイドラインを使用して調査された。最初の取り込み基準を用いて、二人の著者によってアブストラクトがスクリーニングされ、論文が調べられた。研究方法などは別のシートに分けられ、結果は二人の著者によって整理された。運動介入を自発運動、強制運動に分け、自発運動は回転車を用いた運動、強制運動はモーターの付いたトレッドミルやロータロッドとした。

結果

 4250論文の中で115論文が評価され、30編の神経栄養因子、神経形態、皮質の再編成の神経可塑性を評価している論文が調べられた。28編が中大脳動脈領域の脳損傷モデルを使用し、1編が全体的な脳虚血モデル、1編が線条体出血モデルであった。先行研究に基づいて、強制運動は低強度(10m/min未満)、中等度(10-17m/min)、高強度(18m/min以上)に分類した。心拍数を基準にして、自発運動は低、中強度の運動に分類した。

神経栄養因子群(BDNF、IGF-1 、NGF)の運動による影響
 損傷側や非損傷側の海馬において、脳梗塞後1-7日間の運動は、運動の形態、脳梗塞のタイプに関係なく、海馬BDNF量を増加する。単発の自発運動や強制運動は一過性に海馬BDNFの増加を生じ、2週間以上の運動は少なくとも強度に依存して海馬BDNFの発現を変化させる。
 強制運動の皮質におけるBDNF発現は、場所、強度、BDNFの型(mature BDNF、pro BDNF、total BDNF)によって影響される。強制運動は有意に損傷側周囲組織のmature BDNFを増加し、同領域のpro BDNFを減少させる報告があり、明らかに各型には異なった効果が説明できる。周辺部で増加したBDNFは、1日30分間、14日あるいはそれ以上の中等度強制運動プロトコールで誘発されている。例外としてロータロッド運動でBDNFの発現を報告した論文は低強度の運動で報告しており、トレーニング様式に特異的な影響を示唆している。しかし、皮質におけるBDNFの変化は研究によって一様でない。
 損傷側、非損傷側の視床において、30日間の自発運動あるいは14日間の低強度運動はBDNF量を有意に変化させない。損傷側線条体において、脳梗塞後24時間から開始した7日間の自発運動はBDNF量を増加させないが、脳梗塞後24時間で開始した2週間の高強度強制運動や4週間の中等度運動は線条体のBDNFを増加させる。これらの所見は損傷側の視床や線条体の運動によるBDNFの変化は皮質や海馬と比べて比較的感受性が低いことを示唆している。線条体BDNFに変化を及ぼすには高強度、長期間の運動プロトコールが重要になるかもしれない。
 IGF-1に関して、中等度から高強度の単発の強制運動は非損傷側海馬でIGF-1量を増加させる。さらに、2週間の高強度強制運動は損傷側運動野や線条体のIGF-1濃度を増加させる。中等度強制運動は運動後7日、14日、21日の損傷皮質周辺におけるIGF-1陽性細胞数を増加させる。
 NGFやそのレセプターであるTrkAの発現に関して、運動後14、18日の損傷側皮質でNGF陽性細胞の増加を確認している。2論文は、運動後、時間とともにNGF陽性細胞が増加し、そのピークは16日、28日で、脳梗塞後早期ではないと報告している。

神経可塑的変化の運動による影響
 脳梗塞後、神経発生(新しいシナプスの発達)や樹状突起の枝分かれは、脳梗塞の回復に関係する神経可塑的な変化を示している。脳梗塞後の有酸素運動によるシナプス変化(15論文)や樹状突起の変化(8論文)を調べた報告がある。15論文中、8論文が運動によってシナプス可塑性が増加することを示し、1論文が減少し、6論文が運動によって影響しないことを報告している。特に、4論文が自発運動の影響を調べており、自発運動はシナプス変化に有効性がないことを示している。14日以上の中等度から高強度強制運動は損傷周辺皮質、損傷部から離れた損傷側皮質、損傷側線条体、損傷側歯状回、視床でSynapsin-1あるいはSynaptophysinを増加させる。1論文が反対側半球でSynapsin-1が短期間増加し、30分後には非運動群と同じになることを示している。
 8論文が有酸素運動の樹状突起の変化、微小管関連タンパク(MAP2)、成長関連タンパク(GAP43)、netrin(神経軸索伸長誘導因子)、樹状突起の長さや複雑性を調べている。2論文は自発運動、自発運動とスキルトレーニングの併用は損傷側皮質のMAP2レベルで効果がないとしているが、損傷部に直接接している部位のGAP43の増加のエビデンスを示している。6論文は、11日から35日間の中等度あるいは高強度の強制運動は脳の検索部位や強度に依存して異なった影響を及ぼすことを示している。皮質における強制運動の影響に関して、損傷部に隣接した部位のGAP43、netrinやそのレセプターは増加し、皮質より離れたところではMAP2は増加しない。さらに、Shimada1)らとShihらは高強度でなく低強度の有酸素運動は反対側海馬のCA1、CA3、歯状回でのMAP2染色による樹状突起の分岐が多いことを示している。Liuらは16日間の強制運動によるnetrinとそのレセプターの変化を調べ、Zhangらは類似した運動でNogo A(神経軸索伸展抑制因子)の働きを抑制することを示している。出血モデルの強制運動によって生じた線条体での樹状突起の変化を調べた論文は、損傷側のNogo Aの発現を減少させたが、樹状突起の長さ、複雑性は両側半球で有意に増加しなかったと報告している。しかし、Takamatsu2)らは11日間の運動介入で、樹状突起の長さの増加を報告している。まとめると、自発運動でなく低強度あるいは中等度の強制運動が、損傷部に隣接した部位や離れた部位で樹状突起の分岐に関する指標を高めるといえる。

脳活動における運動の影響
 脳活動のイメージマッピングパターンは脳梗塞後の神経可塑性を示している。臨床研究は脳梗塞後3年の患者における中強度のトレッドミルトレーニングを研究し、6ヶ月間の麻痺肢の運動により皮質下の活動を増加させるが、4週間のトレーニングは増加させないことを報告している。動物モデル研究では、14日間の自発運動は損傷側頭頂葉の脳波を変化させない。認知、言語、上肢運動コントールに関連した脳領域の再組織化における有酸素運動の影響を調べた報告はない。

考察

 我々は動物モデル研究とphase I、IIの臨床試験を調べ、将来的なphase III、IVの臨床試験のデザインに情報をもたらすことを目的としている。
 脳梗塞モデルにおける若い雄性の齧歯類の使用は年齢や性別の影響を検出する能力には限界がある。動物モデルのさらなる研究が、老年脳や性別における可塑性や脳梗塞後のリハビリテーションを理解するために焦点を当てるべきである。
 人に於いて、BDNF、APOEなどの遺伝子の変化は、回復や可塑性を高める働きが期待でき、介入に反応して変化するが、完全には明らかされていない。人を対象とした脳梗塞後の有酸素運動の影響について、BDNFや遺伝子の多型に関して調べられなければいけない。
 介入の時期に関して、動物モデルでは、亜急性期の脳梗塞リハビリテーションにおけるトレッドミルトレーニングは耐久性や機能を改善させるが、いつまでに実施する有酸素運動が有効なのか、脳梗塞後の可塑性に影響する適切な強度、などはよく知られていない。動物モデル研究で、リハビリテーション開始時期の遅れは、可塑性に良い影響を生じないことより、脳梗塞後の時期によって運動の感受性が低下することを示している。人脳で最も反応性が高いタイムウインドウは脳梗塞後最初の数ヶ月であり、臨床試験は脳が最も影響を受けやすいこの時期に焦点が注がれるべきである。
 臨床試験における可塑性が確認できる適切な生物学的指標に関して、有酸素運動の影響を調べた論文の多くは脳におけるBDNF蛋白量を調べ、末梢血液で調べていない、脳組織における変化を示している点は臨床的に役に立つ情報である。脳梗塞後のBDNF量は脳と血液の間に相互関係はなく、臨床的に可塑性に対する生物学的指標として同定することは困難であり、議論が残る。さらなる動物研究が人へトランスレートできる末梢BDNFを敏感に検出できる方法を同定する必要がある。IGF-IやVEGF(血管内皮細胞増殖因子)のような他の末梢因子も神経可塑性の有効な指標になる。Ploughman3)とChangらの研究は低い末梢でのIGF-1と高い脳でのIGF-1のレベルが運動の期間と関連しており、血液レベルは脳のレベルと相関をせず、IGF-1の反応は動的で時間依存的である事を示唆している。IGF-1とVEGFが可塑性に関する末梢での生物学的指標としての可能性を持っていたとしても、これらの運動に対する反応に関しては完全には明らかにされていない。NGFの脳における有酸素運動の影響を調べている研究は、2週や4週の中等度から高強度の運動でNGF陽性細胞の増加を確認している、これはNGFが生物学的指標になる可能性を示唆しているが、活動によって生じた末梢血液のNGFの感受性は、いくつかの研究において運動で増加するという報告や効果が無いと言った報告が有り議論の余地がある。さらなる研究が脳梗塞の可塑性に関する末梢でのNGFを調べる必要がある。

可塑性に影響する適切な有酸素運動の要因
 自発運動は強制運動と比べて、神経栄養因子群やシナプス、樹状突起構造に有意な変化を生じない。強制運動の期間でなく強度が神経栄養因子群の発現やシナプスや軸索の修正を増加するのに重要な要因である。増加したBDNFは中等度の強制運動で損傷周囲皮質に観察されている。同様に脳におけるIGF-1やNGFは中等度あるいは高強度の強制運動を使用した研究で増加している。有酸素運動後の樹状突起の変化は強度に部分的に影響され、高強度は樹状突起の変化を下方修正してしまう。これは中等度の運動が適している事を示している。
 入院患者の脳梗塞後のリハビリテーションの強度と神経可塑性に関してはよく分かっていない。全身的な有酸素運動は正確な運動パフォーマンスのような運動スキルを改善しないかもしれないが、有酸素運動と混合することで改善が促進されるかもしれない。

【解説】

 脳卒中後の神経可塑性と有酸素運動に焦点を当て、動物モデル研究から人へのトランスレーションを目的としたレビュー論文である。動物実験では脳組織で実際に起こっている変化を観察可能であり、人の脳マッピング検査や血液検査では観察しにくい脳組織の事象を知ることができる。今回のレビューでは、主に中等度の強制有酸素運動は、多くの脳領域でBDNF、IGF、NGF、神経再生が増加することを示した。これまでの動物モデル研究から脳梗塞後早期の高強度でストレスの高い運動負荷はグルタミン興奮毒性により神経損傷を悪化させるという報告あるが、脳梗塞後早期からの運動介入は神経栄養因子群の増加、ペナンブラ領域の神経細胞死のカスケードに影響を与え、「神経保護環境」を高める働きがあることも報告されている。動物モデル研究は、脳梗塞後のNeurovascular unit(神経細胞-血管-グリア細胞)における運動トレーニングの影響を組織レベルで観察することができ、脳内における可塑性と機能回復のメカニズム解明に有用である。動物と人では大きさや寿命などは異なり、運動強度、期間などを人に直接当てはめることは難しいかもしれないが、理学療法士の目線で脳梗塞後の神経可塑性に関して細胞レベルで研究することは重要であり、このレビューの著者も理学療法士の資格を持っており、今後、調査対象(年齢、性別、脳梗塞後の時期)や可塑性の指標の選択(末梢、脳レベル)に関して、動物モデル研究と臨床研究はさらに類似させて行う必要があると述べている。

【引用・参考文献】

  1. Shimada H, Hamakawa M, Ishida A, Tamakoshi K, Nakashima H, Ishida K. Low-speed treadmill running exercise improves memory function after transient middle cerebral artery occlusion in rats. Behav Brain Res. 2013 15; 243: 21-7.
  2. Takamatsu Y, Ishida A, Hamakawa M, Tamakoshi K, Jung CG, Ishida K. Treadmill running improves motor function and alters dendritic morphology in the striatum after collagenase-induced intracerebral hemorrhage in rats. Brain Res. 2010 8; 1355: 165-73.
  3. Ploughman M, Granter-Button S, Chernenko G, Tucker BA, Mearow KM, Corbett D. Endurance exercise regimens induce differential effects on brain-derived neurotrophic factor, synapsin-I and insulin-like growth factor I after focal ischemia. Neuroscience. 2005; 136: 991-1001.

2015年10月01日掲載

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