オーバーヘッド動作の筋疲労後に生じる肩峰骨頭間距離と3次元の肩甲骨位置の変化

Maenhout A, et al. : Acromiohumeral distance and 3-dimensional scapular position change after overhead muscle fatigue. J Athl Train. 2015 Mar;50(3):281-8.

PubMed PMID:25594913

  • No.1701-1
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    野村 勇輝
  • 掲載:2017年1月1日

【論文の概要】

背景

 オーバーヘッドスポーツの活動によって生じる筋疲労は、肩甲骨位置や肩峰下スペースを変化させるため、オーバーヘッドアスリートに生じる肩峰下インピンジメント症候群や回旋筋腱板損傷を引き起こす重要な要因になると考えられている。
 しかし、肩甲骨位置と肩峰下スペースを反映する肩峰骨頭間距離(AHD)を筋疲労前後で計測した報告はない。また、多くの先行研究は、オーバーヘッドスポーツの活動とは異なる疲労課題を使用している。

目的

 本研究の目的は、オーバーヘッドスポーツの活動に似た疲労課題がオーバーヘッドアスリートのAHDと肩甲骨位置に与える影響を明らかにすること、またAHDと肩甲骨位置との関係性を検討することである。

方法

 対象は、健康なオーバーヘッドアスリート29名58肩である(男性14名, 女性15名, 年齢;22.23±2.82歳, 身長;178.3±7.8cm, 体重;71.6±9.5kg, BMI;22.47±2.06, オーバーヘッドスポーツの活動時間;6.5±3.2時間/週, オーバーヘッドスポーツ歴;9.17±3.6年)。対象者が行っているスポーツは、バレーボール20名、テニス2名、水球3名、スカッシュ3名、バドミントン1名であり、全員がレクリエーションレベルである。取り込み基準は、年齢が18歳から30歳の間であること、オーバーヘッドスポーツの活動を少なくとも毎週2時間行っていることである。除外基準は、6ヶ月以内に肩関節痛があるもの、非投球側と比較して投球側の肩関節内旋制限が20°以上あるものである。
 疲労課題前に、両側のAHDと投球側の肩甲骨位置の計測が行われた。次に、投球側のみ疲労課題が行われた。疲労課題後に、両側のAHDと投球側の肩甲骨位置の計測が再度行われた。
 AHDの計測には、超音波画像診断装置を用いた。対象者は椅子に座り、肩関節0°外転位、45°外転位、60°外転位の肢位でAHDの計測が行われた。肩関節外転角度はデジタルインクリノメーターで規定され、超音波のプローブはAHDが最小となるように上腕骨の長軸と平行な面に設置された。
 肩甲骨位置の計測には、3次元磁気センサを用いた。胸郭のレシーバーが胸骨に、上腕骨のレシーバーが三角筋付着部の遠位に、肩甲骨のレシーバーが肩峰に設置された。AHDの計測と同時に、肩甲骨の外旋角度・上方回旋角度・後傾角度が計測された。
 投球側の肩関節周囲筋を疲労させるために、オーバーヘッドスポーツの活動による疲労に似た筋疲労を生じさせる課題を選択した。アスリートは片膝立ちとなり、投球側の肩関節を90°外転位・肘関節90°屈曲位とし、トレーニングウェイトを持ったまま肩関節の内外旋運動を繰り返し行った。内外旋運動のスピードは、メトロノームを用いて144ヘルツに統一された。疲労は、主観的な基準と客観的な基準の両方によって定義された。主観的な基準として、ボルグスケールが使用された。疲労度が20段階のうち14を越えた場合を疲労と定義した。また、客観的な基準として、疲労課題中の運動が評価された。疲労課題の運動スピードが遅い、上肢の位置が低い、もしくは前額面から逸脱する、全可動域での運動が実施できない場合を疲労と定義した。

結果

 疲労課題後、AHDは45°外転位(変化量=0.78±0.24mm, P=.002)と60°外転位(変化量=0.58±0.23mm, P=.02)において有意に増加した。また、45°外転位(変化量=4.97±1.13°, P<.001)と60°外転位(変化量=4.61±1.9°, P=.001)において肩甲骨外旋角度が有意に増加し、45°外転位(変化量=6.1±1.3°, P<.001)と60°外転位(変化量=7.2±1.65°, P<.001)において肩甲骨上方回旋角度が有意に増加し、0°外転位・45°外転位・60°外転位(全体の変化量=1.98±0.41°, P<.001)において肩甲骨後傾角度が有意に増加した。

考察

 疲労課題後にAHDが減少すると考えていたが、本研究では肩関節45°外転位と60°外転位においてAHDが増加する結果となった。また、肩関節45°外転位と60°外転位において、肩甲骨位置が後傾位、上方回旋位、外旋位となった。これらの肩甲骨位置はAHDを増加させることが先行研究によって報告されており、本研究における疲労課題後のAHDの増加は肩甲骨位置の変化によって生じたことが示された。
 本研究の結果より、健康なオーバーヘッドアスリートは、肩甲上腕関節の回旋運動を行う筋の疲労が生じた際に、インピンジメントが生じないように肩甲骨位置を変化させて、AHDを増加させることが明らかとなった。

【解説】

 筋疲労が肩甲骨の位置や運動に与える影響を検討している先行研究1-6)はいくつか存在するが、未だにコンセンサスは得られていない。その原因として、研究間で疲労課題が異なることや、ターゲット以外の筋も疲労している可能性があり、結果として生じた肩甲骨運動の解釈が難しいことが挙げられている。しかし、筋疲労によって肩甲骨位置の変化および肩峰下スペースの減少が生じてインピンジメントが発生する、ということが通説となっており、さらなるエビデンスの構築が必要不可欠である。
 本研究では、オーバーヘッドスポーツの動作をシミュレーションした疲労課題を選択している点、肩峰下スペースを反映するAHDを疲労課題前後で計測している点、AHDと肩甲骨位置を同時に計測している点に本研究の新規性がみられる。AHDが減少することによって肩峰下でインピンジメントが生じる可能性があるため、本研究の結果に示されているように、AHDを増加させる肩甲骨の後傾運動・上方回旋運動・外旋運動がオーバーヘッドアスリートにおいて重要であると考えられる。
 筆者たちも考察の中で研究限界として触れているが、肩関節外転60°以上の情報がない点、今回の疲労課題がフィールドで行われているオーバーヘッドスポーツの活動と異なる(片膝立ちで運動を行っている)点、疲労課題によって生じた変化がどの程度持続するのかが不明である点は、今後の研究課題となるであろう。また、超音波のプローブを置く位置が明確に記載されておらず、AHDの計測に関する信頼性が担保されていない点や、今回の疲労課題によって回旋筋腱板筋群の疲労が本当に生じているのかが不明であり、どの筋の疲労によって今回の結果が生じたのかを深く考察できない点についても今後検討すべきだと考える。 

【引用・参考文献】

  1. Chopp JN, Fischer SL, .: The specificity of fatiguing protocols affects scapular orientation: implications for subacromial impingement. . 2011; (1): 40-45.
  2. Ebaugh DD, McClure PW, .: Scapulothoracic and glenohumeral kinematics following an external rotation fatigue protocol. . 2006; (8): 557–571.
  3. Ebaugh DD, McClure PW, .: Effects of shoulder muscle fatigue caused by repetitive overhead activities on scapulothoracic and glenohumeral kinematics. . 2006; (3): 224–235.
  4. McQuade KJ, Dawson J, .: Scapulothoracic muscle fatigue associated with alterations in scapulohumeral rhythm kinematics during maximum resistive shoulder elevation. J Orthop Sports Phys Ther. 1998; 28(2): 74–80.
  5. McQuade KJ, Hwa Wei S, .: Effects of local muscle fatigue on three-dimensional scapulohumeral rhythm. . 1995; (3): 144-148.
  6. Tsai NT, McClure PW, et al.: Effects of muscle fatigue on 3- dimensional scapular kinematics. Arch Phys Med Rehabil. 2003; 84(7): 1000–1005.

2017年01月01日掲載

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