ハムストリングスを構成する個々の筋肉に対する4週間の静的ストレッチングプログラムの効果

Ichihashi N, et al. : The effects of a 4-week static stretching programme on the individual muscles comprising the hamstrings. J Sports Sci. 2016 Dec;34(23):2155-2159.

PubMed PMID:27113325

  • No.1703-1
  • 執筆担当:
    札幌医科大学大学院
    保健医療学研究科
    中尾 学人
  • 掲載:2017年3月1日

【論文の概要】

背景、緒言

 ハムストリングスの柔軟性を高めるために、しばしば静的ストレッチ(SS)が用いられている。ハムストリングスの柔軟性に対するSSの急性または慢性効果はこれまでに多くの報告がある。先行研究では、筋腱複合体(MTU)および受動トルクは、ハムストリングスに対するSS介入の数週間後で減少しなかったと報告されている。一方で、4週間のSS介入後にハムストリングスの硬さが減少したという報告がある。
 受動トルクを指標として用いたこれまでの研究では、ハムストリングス全ての筋肉および周囲の構造を含むすべての特性の受動抵抗の合計であるため、ハムストリングスの個々の筋肉に対するSSの効果は不明であった。せん断波エラストグラフィを用いて筋肉の機械的特性を評価する方法の開発に伴い、ハムストリングスを構成する各筋肉の筋硬度の指標であるせん断弾性率を別々に評価することができるようになった。せん断弾性率は筋の硬さと相関関係にあることが報告されていることから、筋硬度を推定するための指標となっている。
 スポーツ活動中のハムストリングス筋損傷は、損傷率が高いと数多く報告されている。スプリンターは大腿二頭筋(BF)の肉離れが、ダンサーやバレリーナは半膜様筋(SM)の肉離れが多いことから、競技特性と損傷部位の間に関連があることが報告されている。
 我々の以前の研究において、股関節屈曲および膝関節伸展を伴う5分間のSS介入の直後に、ハムストリングスを構成する個々の筋硬度が減少し、中でもSS介入の効果がSMで最も大きかったことが示唆された。しかし、ハムストリングスの個々の筋肉に対する数週間のSSの効果は明らかとはなっていない。

目的

 本研究の目的は、半腱様筋(ST)、SM、およびBFの筋硬度に対する4週間の SS介入の効果を調査し、せん断波エラストグラフィによって測定されたせん断弾性率を用いてこれらの筋肉間の慢性効果の差異を調べることである。

方法

 対象者はストレッチ活動に関与していない非アスリート30名の健常男性(22.7±2.2歳、身長171.4±4.6cm、体重63.7±8.5kg)をSS介入群(n = 15)または対照群(n = 15)にランダムに割り当てた。
 SS介入群は、利き足のハムストリングスに5分間のSSを3回/週を4週間実施したが、対照群は介入を受けなかった。SSは股関節90°位にて、膝関節伸展を疼痛や不快感のない範囲で実施した。両群における4週間前後で、股関節屈曲90°および膝関節屈曲45°におけるせん断弾性率を測定し、筋硬度を評価した。
 弾性係数はST、SMおよびBFのせん断弾性率を、せん断波エラストグラフィを用いて測定した。関心領域(ROI)内に11mmの円領域を設定し、得られた2回の弾性係数の平均値を統計分析に用いた。
 統計分析は、SPSSを用いて行った。日間変動の信頼性は、級内相関係数(ICC)を用いて評価した。SS介入群のせん断弾性係数については、2つの要因(時間[ 4週間前後 ]および筋肉[ ST、SM、BF ])を用いた繰り返しのある二元配置分散分析を行い、交互作用の有無を検討した。有意な交互作用を認めた場合、Bonferroni法によるpost hoc testを用いて、筋肉間のせん断弾性率の変化率の差を比較した。せん断弾性率の変化率は、以下の式を用いて計算した。
 変化率(%)=(SS前 - SS後4週間)/ SS前×100。

結果

 日間変動の測定信頼性に関して、ICC(1,1)は、各筋肉のせん断弾性率について0.818〜0.959の範囲であった。
 対照群では、せん断弾性率に変化はなかったが、SS介入群では、介入後にハムストリングス全筋のせん断弾性率が有意に減少した。二元配置分散分析の結果、SS介入群のせん断弾性率の変化率は、有意な交互作用を認めた(F = 17.6、P <0.01)。Bonferroniのpost hoc testでは、SMのせん断弾性率の変化率は、STおよびBFよりも有意に高かった。

考察

 本研究結果において、個々の筋硬度の指標となるせん断弾性率は、SS介入後にST、SMおよびBFの全ての筋で減少した。筋伸張時のせん断弾性率と受動トルクは正の相関を示すことから、4週間のSS介入によりハムストリングスの柔軟性に改善を認めたことが示唆された。
 筋肉間のSS介入効果の差に関して、SMのせん断弾性率の変化率は、STおよびBFより有意に大きく、Umegakiらの報告と一致した。Umegakiらは、SMに加わる受動張力がこのSSにおいて最大であったと報告していることから、本研究結果においても、SS介入の慢性効果がSMで最大であったと考えられる。
 ハムストリングスの柔軟性低下は肉離れのリスクを高めることが報告されている。今回の結果から、SS介入の効果がSMで最も大きかったことを考慮すると、本研究で用いたSS介入は、SMの肉離れのリスクが高いダンサーおよびバレリーナにおける肉離れのリスクを予防するためにより効果的であると考えられる。

まとめ・結論

 本研究結果において、SS介入により全てのハムストリングスのせん断弾性率が有意に減少し、4週間後のせん断弾性率の変化率は、SMにおいて最大であった。ハムストリングスの柔軟性低下が肉離れのリスクを増加させることが報告されているため、本研究の結果は、怪我の発生リスクの低減に貢献する可能性がある。

【解説】

 従来の方法では、骨格筋を他動的に伸張させた際、個別の筋の伸張量を評価することが困難であった。しかし、せん断波エラストグラフィを用いた研究において、筋の伸張量と弾性率は相関関係にあることから、弾性率は伸張量を反映する指標となっている1)。   
 本論文におけるストレッチ肢位が4週間のSS介入効果に及ぼす影響として最も大きかったのは,SMであったことが示唆された。従来は、ストレッチによりハムストリングスのどの筋が伸張されているか不明であったが、本論文結果より、SMに対する選択的なストレッチの長期効果を検討できるようになったことは本論文の強みであると考えられる。
 しかし、Le Sant2)らは股関節屈曲110°位における最大PKE(Passive Knee Extension)の80%時の弾性率を計測した結果、SM、STと比較してBFの弾性率の変化率が最も大きかったと報告している。この結果より、ストレッチ肢位の違いが各筋の弾性率に影響を及ぼす可能性があり、股関節と膝関節の相対的位置関係を考慮したストレッチ肢位の検討が今後は必要であると考えられる。

【引用・参考文献】

  1. Maisetti O, Hug F, et al:Characterization of passive elastic properties of the human medial gastrocnemius muscle belly using supersonic shear imaging. J Biomech. 45 : 978-984, 2012.
  2. Le Sant G, Ates F, Brasseur JL, Nordez A. Individual behaviors of hamstrings during passive knee extensions performed in various hip positions. JFK2015, Paris, France; 2015. 

2017年03月01日掲載

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