亜急性期脳卒中患者の歩行開始時における非典型的な先行的姿勢調節

Rajachandrakumar R, Fraser JE, et al:,Atypical anticipatory postural adjustments during gait initiation among individuals with sub-acute stroke. Gait Posture. 2017 Feb;52:325-331.

PubMed PMID:28038342

  • No.1710-2
  • 執筆担当:
    札幌医科大学保健医療学部 
    理学療法学科理学療法第一講座
    田代 英之
  • 掲載:2017年10月10日

【論文の概要】

背景、緒言

 歩行開始に先行する先行的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustments;APAs)はステップ時の側方安定性を保つ為に重要な役割を果たす。脳卒中患者においては、臨床的にはAPAsの欠損や複数のAPAsといった歩行開始時の非典型的なAPAsが観察されるように思われるが、APAsを明確に分類した報告はない。

目的

 本研究の目的は、亜急性期脳卒中患者の歩行開始時の運動学的特徴からAPAsをパターンに分類し、それらと機能障害や運動パフォーマンスの関係を明らかにすることである。

方法

 対象は自立歩行が可能である亜急性期脳卒中患者40名とした。対象者は、2枚のフォースプレートを用いて、麻痺側および非麻痺側下肢から歩き始める至適速度での歩行を、各3回ずつ計測し、APAsの時空間的因子が計測された。前額面上の足圧中心(COP)の変位からAPAsを定義し、Single APAs(典型的パターン)、Absent APAs(APAsが欠損する、非典型的パターン)、Multiple APAs(APAsが複数回観察される、非典型的パターン)の3パターンに分類した。脳卒中患者の機能障害の評価としてChedoke-McMaster Stroke Assessment(CMSA)の下肢・足部項目、移動能力はthe Clinical Outcome Variables Scale、バランス能力はBerg Balance Scale、至適歩行速度を評価・測定した。

結果

 Absent APAsは、麻痺側下肢での歩行開始時に17.5%、非麻痺側下肢での歩行開始時に14.2%の試行で観察された。非麻痺側下肢での歩行開始時におけるAbsent APAsの頻度はCMSAの足部スコアと負の相関を示した。また、Absent APAsの頻度は至適歩行速度と負の相関を示した。Absent APAsが観察された群におけるUnloading time(APAsの開始からFoot offまでの時間)は典型的なAPAsのみが観察された群の2倍程度であり、遊脚時間は100ms程度短かった。
 Multiple APAsは、非麻痺側下肢での歩行開始時に27.5%、麻痺側下肢での歩行開始時に10.8%観察された。Multiple APAsの頻度と機能障害の関連は明らかでなかった。Multiple APAsが観察された群は、典型的なAPAsのみが観察された群と比較し、APAsの持続時間(APAsの開始から終了までの時間)やUnloading timeが延長していた。

考察

 APAsの欠損は歩行速度と関連することが示された。これは、歩行速度が遅いために前額面のCOPの移動が必要とされなかった結果かもしれない。また、Absent APAs群はUnloading timeが長く、遊脚時間が短い傾向にあった。麻痺側の筋力低下や運動制御の困難さがCOMの立脚側への移動をゆっくり行っている可能性がある。
 Multiple APAs群では麻痺肢の運動機能との有意な関連は示されなかった。そのため、筋力や痙縮、姿勢制御、認知機能や精神機能など様々な要因との関連について検討する必要がある。また、Multiple APAs群はAPAsの持続時間やUnloading timeが延長していた。これらの特徴は前方への推進力に影響することが考えられ、今後は矢状面のCOPの移動について検討する必要がある。

まとめ・結論

 本研究の結果、下肢の運動機能障害や歩行速度の低下が歩行開始時の非典型的なAPAsパターンと関連することが明らかとなった。今後は、非典型的なAPAsが歩行の安定性に及ぼす影響や、非典型的なAPAsの発生に影響を与える要因を検討することで、歩行開始の安定性を向上するための介入方法を検討できる可能性がある。

【解説】

 APAsは動作に伴う身体動揺を最小化する目的があり1)、脳卒中片麻痺患者においては、麻痺側下肢への身体重心の移動が少ない特徴があることが知られている2)。本研究では、APAsの運動学的特徴から3パターンに分類し、それぞれのパターンの時空間的特徴や関連因子、その結果生じる運動パフォーマンスの違いについて明らかにした点で新規性が高く、臨床的な観点から意義深い。

【引用・参考文献】

  1. D. A. Winter, Human balance and postural control during standing and walking, Gait and Posture 3 (1995) 193-214.
  2. S. Hesse, F. Reiter, et al., Asymmetrical of gait initiation in hemiparetic stroke subjects, Arch. Phys. Med. Rehabil. 78 (1997) 719-724.

2017年10月10日掲載

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