2015年の時点で、全世界には4,700万人の認知症者がいると推計されている1)。超高齢社会である本邦においては、認知症の有病率は2.9%から12.5%と報告によって異なるものの年々上昇している2)。そのため、認知症者の認知機能を維持・改善させるために効果的な介入方法を検討することは非常に有用である。
運動療法や身体活動への介入は認知症者に対して広く用いられている手法であり、その効果に関していくつかのシステマティックレビューが報告されている3, 4)。Cochrane Databaseでは、運動は身体機能を改善させるが、認知障害、精神神経学的症状、うつ、および他のアウトカムに対する効果は認められないと結論づけられた3)。一方、他の報告では、認知症のタイプや介入頻度に関わらず、有酸素運動は認知障害の改善に効果的であることが示された4)。他にもいくつかのシステマティックレビューが報告されているものの、それらのほとんどにおいて、レビューに使用される論文の対象者数の少なさや介入期間の短さといった論文の質の低さが指摘されてきた。
本研究は、英国の国立衛生研究所から委託されているDementia And Physical Activity(DAPA)試験からの結果である。12ヶ月間のフォローアップを完遂した対象が400例を超えており、類似した過去の研究よりも研究期間が長く、対象者数が多く、かつ多施設研究・盲検化といった点でも優れていることが特徴である。これらのことから、認知症者に運動療法を処方するうえで、本研究の結果は考慮に値すると考えられる。本研究からは、中等度から高強度の有酸素運動や筋力増強運動は、軽度から中等度の認知症者において認知機能の低下を遅らせることがないこと、むしろ認知障害を悪化させる可能性があることが示された。そのため著者は、中等度から高強度の運動療法は認知症における認知障害を改善させるための治療選択としては薦められないと提言しており、臨床において参考にすべきと考えられる。
運動療法を行う際に一般的に考慮すべき点として、FITT-VPの原則(Frequency、Intensity、Time、Type、total Volume、Progression)が提唱されている5)。認知症者に対して運動療法を行う際には、身体機能の改善と認知障害の悪化の両者を考慮したうえでIntensity(強度)が過負荷にならないよう注意すべきである。また、認知機能の悪化予防を求めるならば運動療法単独では難しいため、精神運動学的・神経学的な視点からもType(手段、方法論)を考慮したうえでさらなる研究を進めて、その方法論を構築していく必要があると考えられる。